「痛む」と「傷む」の認識ギャップ

「いたむ」という言葉が発せられたとき、これは痛いことを表しているのか、それとも傷ついたことを表しているのか判断するのは難しいことです。ひらがなでも発音でも同じだからです。前者は「痛む」が正しい使い方で、後者は「傷む」が正しい使い方です。そう信じていたのですが、テレビのテロップを見ていると、傷むと表示しなければならないのに痛むと表示されていて、体を傷めたひどい状態になっているのに痛いという漢字はないだろうと言いたくなる場面が多々あります。
この感覚の違いは年齢によるものなのか、それとも業界や住む世界の違いなのかと探ってみました。その結果を簡単にまとめると、年代が上になるほど「痛む」と「傷む」を使い分けていて、若い人ほど両方の意味を「痛む」で表示していることがわかりました。
私たちは使い分けをしている、それなりの年代の者ばかりですが、情報発信や情報提供をしているテレビ関係者は、ディレクターどころかプロデューサーまでもがひと回りもふた回りも離れた子供世代となっています。子供の言葉づかいや文字づかいがよくないのは親のせい、そう私たちの世代が、しっかりと伝えてこなかったせいということです。
身体を傷めたこと、痛みもあるので「痛む」でまとめる感覚はわからないではありません。しかし、商品は傷ついていて傷んでいるということを伝えるべきときに「痛む」ではイメージが違っています。食品が傷んでいるときに、痛むでは、どうにも理解できないところです。桃は傷みやすいフルーツで、「指で押さないでください」と表示して販売されているくらいですが、桃が痛みを感じて、痛みを訴えているというのは、しっくりきません。
そのことを付き合っているテレビ関係者にさりげなく伝えたり、食事の機会に雑談として話すようにしているのですが、口煩い人と思われて、無視をされているのか、次の担当番組でも、やはり「痛む」となっていて、これは直すのは難しいと感じています。この直してほしいという考えは、間違っているという認識から発していることですが、肝心の視聴者はというと、高齢者であっても「どっちでもいいんじゃない」という調子で、まだまだ私たちのイライラとツッコミは続くことになりそうです。