ミトコンドリアを増やす運動と空腹

全身の細胞にあるミトコンドリアは糖(ブドウ糖)と脂肪(脂肪酸)をエネルギー源として、エネルギー物質のATP(アデノシン三リン酸)を作り出しています。ミトコンドリアにブドウ糖を取り込む作用をするのはα‐リポ酸で、脂肪酸を取り込む作用をするのはL‐カルニチンです。この2種類の代謝促進成分は20歳をピークに体内での合成量が減っていくことから、年齢を重ねた人はサプリメントとして補うことで代謝を高めることができます。
では、若い人は補う必要がないのかというと、ミトコンドリアは細胞によって100〜3000個と違いがあり、筋肉には多くのミトコンドリアが存在しています。そこで筋肉を刺激する無酸素運動をすればよいように思われがちです。しかし、ミトコンドリアが増えるのは有酸素運動であることが確認されています。
運動をするとミトコンドリア内で産生されたATPが使われて筋肉が動いているわけですが、ATP(アデノシン三リン酸)のリン酸が一つ離れることによってADP(アデノシン二リン酸)となり、そのときにエネルギーが発生します。運動によってエネルギーを使い続けると、ADPからさらにリン酸が一つ離れたAMP(アデノシン一リン酸)が増えていきます。AMPが増えると身体はエネルギー不足の飢餓状態であることを察知して、骨格筋に多く存在するAMPキナーゼ(AMPK)という酵素が活性化されます。この酵素はAMPによって活性化される蛋白リン酸化酵素であることからAMP活性化プロテインキナーゼとも呼ばれています。
AMPキナーゼが活性化されて働くとPGC1aというタンパク質をさらに活性化させていくのですが、PGC1aにはミトコンドリアの合成を促進するための指令が核内遺伝子に与えられます。指令を受けるとミトコンドリア合成のために必要な核内遺伝子が働き、ミトコンドリアを構成するタンパク質成分が細胞質で作られます。その結果として、すでに存在しているミトコンドリアに構成成分が付け足されてミトコンドリアの体積が増えていくことになります。
運動をすることでミトコンドリアが増えていくと一般に言われているのですが、これはミトコンドリアの数が増えるのではなく、ミトコンドリアが大きくなり、エネルギー産生の能力が高まっていくことを示しています。
AMPキナーゼはブドウ糖の代謝を促進させ、血糖値を下げる働きがあることが知られています。内臓脂肪には生理活性物質のアディポネクチンを分泌する作用があり、アディポネクチンは血液によって骨格筋細胞まで運ばれ、AMPキナーゼを活性化しています。これによってAMPキナーゼは細胞膜に存在するグルコース輸送体のGLUT4に信号を出し、グルコースを外部から多く取り込むように指令が出されます。GLUT4は筋肉細胞の中にあり、通常は奥にあるのですが、指令を受けると細胞の表面に出てきてブドウ糖を取り込んでいきます。これによって血液中のブドウ糖は細胞に取り込まれ、ミトコンドリアに取り込まれて、ATP産生に利用されることになります。
内臓脂肪に脂肪が多く蓄積されるとアディポネクチンの分泌量は大きく低下します。これが継続的に起こるとブドウ糖は消費されなくなり、糖尿病であった場合には悪化させる原因となります。AMPキナーゼは運動によって活性化され、運動をするとGLUT4が骨格筋細胞の表面に出ることによってブドウ糖の取り込みが促進され、血糖値は下がっていきます。この仕組みによって運動をすると血糖値を効果的に下げることができるわけです。
AMPキナーゼが活性化されるとミトコンドリアのエネルギー産生が高まっていくことから、運動はブドウ糖の代謝とともに脂質の代謝も促進して、糖尿病、脂質異常症、動脈硬化症など、さまざまな生活習慣病の対策にも役立つということです。