浄土真宗(真宗十派)は他の宗派と違って、お経を読まないと勘違いされることがあります。宗祖の親鸞聖人は、お経の重要性を説いていて、中でも「大無量寿経」はお釈迦様の本心が書かれているものとして最重要としています。
一切経(経典の総称)7000巻もあるお経の中でも一番という位置づけです。
なぜお経がないような勘違いをされるかというと、葬儀や朝晩の勤行(ごんぎょう:おつとめ)で読まれる親鸞聖人が書かれた「正信念仏偈」(しょうしんねんぶつげ)が有名すぎるからです。
偈は「うた」のことで、うた(歌)のように親鸞聖人が書かれた文言が使われます。「正信念仏偈」は「7文字×120行=840文字」で、仏教の2500年の歴史を伝えています。正信偈と略して呼ばれることもあります。
お経は、お釈迦様の説法の記録で、お釈迦様の言葉を書いたものです。説法を聞いた人の違い、解釈の違いによって、残されたお経の内容も変わってきます。そこで、仏教の歴史の解説書として書かれたものが「正信念仏偈」ということです。
「正信念仏偈」の前半では、お釈迦様がこの世に出たのは「一切の人々は阿弥陀の本願力によって救済されるという教えを解くためだ」ということが書かれています。後半では浄土経を伝えた7人の高僧の徳を賛え、その教えの要点をまとめたものです。
お経ではないとしても、「正信念仏偈」を耳にすることが多いので、親鸞聖人の考えを感じ取ることができます。宗祖を近しく感じられることから、それが浄土真宗のよいところと感じる人が多い所以の一つです。
「正信念仏偈」は、お経ではないものの写経のように書き写して、自らの心の安定させるために使っていたことがあります。
写経は“書く瞑想”とも呼ばれていて、仏の教えをそのまま丁寧になぞる(書き写す)ことで無心の状態を作り出し、集中力を高め、雑念を払い、精神を安定させるという、瞑想に似た効果があります。
「正信念仏偈」は、仏教の歴史について親鸞聖人が書いた文字を書き写すということで、誰が何を伝えたくて書いたのかが明確になっています。
写経のように「正信念仏偈」を書き写すことが身体の事情でできなくなった今、書くのではなく“打ち写す”というか、キーボードに向かって打ち込んでいます。
その打ち込んだものと、自分なりに納得している解釈を次回(正念17)で紹介させてもらいます。
〔小林正人〕






