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市民活動として公益活動に取り組む法人は、NPO法人や一般法人(一般社団法人、一般財団法人)が代表的なものと考えられています。
1995年の阪神・淡路大震災の支援活動を契機にして、1998年にNPO法人の制度(特定非営利活動促進法)が始まり、その数は全国で約5万法人にも達しています。

一般法人制度は2008年から始まりました。中でも一般社団法人は会社組織とは違った社会貢献型の事業活動が期待され、一般社団法人は約8万3000法人にもなっています。(一般財団法人は約8000法人)
NPO法人(特定非営利活動法人)は、所轄が内閣府から都道府県に移管された2012年から設立数が急増しています。
しかし、現在はNPO法人も一般社団法人も総数は微増傾向にあるだけで、設立数は多いものの廃止数も多いという状態が長らく続いています。

NPO法人も一般社団法人も設立や税務上などのハードルが非常に低く、市民活動として優遇されています。運営や報告などは難しいところがあるものの、それ以上に目的とした活動と制度が一致していないことがあげられています。
市民活動の一環(延長)として取り組みやすいことから、安易に設立されることが多く見受けられます。

しっかりとした思いと活動の考えがあり、それに沿った法人形態の選択が必要で、目的と事業の内容に合致した法人を設立すべきです。
制度をよく理解しないままスタートしたことで、後になって目的と実態とのズレが生じて苦労を強いられている公益法人も少なくありません。

充分な理解がされていないのは、発起人(市民活動実践者)だけでなく、設立や運営を支援する専門家(税理士、司法書士、弁護士など)も同様のことがいえます。
そのことは公益活動支援機構のメンバーが、NPO制度の始まりから国の機関と関わり、内閣府を通じて一般法人や公益法人(公益社団法人、公益財団法人)の制度に基づいて、適した形態の公益活動をサポートしてきたことから、実感をもって言えることです。
2012年には、NPO法人の所轄が内閣府から都道府県に移動して、内閣府は公益法人の所轄となりました。

一般法人(一般社団法人、一般財団法人)には行政庁による監督官庁が存在せず、設立や登記を管轄するのは主たる事務所の所在地を所轄する法務局です。
行政からの業務運営の監督はなく、法律に定められたルールに基づいて自立的に運営することが大原則となっています。
こういった制度上の仕組みのために、NPO法人や一般社団法人には当初の目的や想定と異なることが起こってきました。

NPO法人の設立と運営の支援については、47都道府県すべてにNPO支援センターが存在していますが、その運営主体の多くはNPO法人です(公的機関ではなく民間組織)。
全国規模のNPO支援センターも複数あるものの、各地域のNPO支援センターと連動していないことが指摘されています。

そのような事情から、法人の形態と活動内容に不一致が生じやすく、せっかくの思いや熱意が充分に伝わらないまま、思うような活動でできずに停滞している例も数多く見てきました。
これを「制度上の問題だから仕方がない」と放置したり、突き放すようなことはできません。

NPO制度が始まってから30年ほどが、また一般法人制度が始まってから20年ほどが経過しています。
その間にも時代は大きく変化して、社会的な仕組みも技術的なシステムも人材も変化してきました。
今や大変革の時代を迎えているのに、公益法人だけは取り残されているような感覚に襲われています。

何が足りないのか、何をすれば進めることができるのかを理解するためには、制度と関わってきた専門家が実態を正確に把握して、発起人などの思いを知り、公益法人(既存も新規設立も)が力を発揮するための支援が必要です。

その力を組み合わせて、さらに公益活動を進めていってほしいというのが私たちの想いであり、そのコントロール役としてのアドバイスと継続支援を実践するために必要な人材が揃ったことから、公益活動支援を推進していくこととしました。

NPO法人には会社の資本金に該当する項目がなくて、活動資金がなくても設立できる特別な法人です。

他の公益法人(一般社団法人、一般財団法人、公益社団法人、公益財団法人)のうち、一般社団法人と公益社団法人には株式会社のような資本金や出資金という制度自体が存在していません。

一般社団法人も公益社団法人も営利を目的としていないため、出資によって利益を分配するというという考えが基本的にはないからです。
ただし、一般社団法人の場合は2つの型(非営利型、普通型)があって、税務上の扱いに違いがあります。

これは法律(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律)が施行される以前の公益活動のみをする社団法人と、営業活動をする有限会社をミックスさせるような形で法律が検討されたという経緯が関係しています。

「非営利型一般社団法人」は、法人税法上の公益法人等に該当します。会費や寄付金などの活動資金は非課税となりますが、法人税法で定められた34業種の収益事業を行った場合には課税対象となります。

この収益事業で得た利益は、活動資金として法人内に保留する必要があって、社員で分配することは法律で禁止されています。

「普通型一般社団法人」は、収益事業だけでなく、すべての所得に対して株式会社と同様に法人税が課せられます。

この違いから、同じことをするなら非営利型を選択したいとの考えが出てくるのは当たり前のことです。非営利型と普通型は、法人の形態として表示されるわけではなくて、どちらを選択しても「一般社団法人」です。

では、どこで見抜くのかというと、定款に書かれている事項の違いです。

この違いについては、次回に続きます。
〔小林正人〕

「そうめんの日」「乾麺の日」全国乾麺協同組合が、七夕の伝統食のそうめんにちなんで制定。

「ゆかたの日」日本ゆかた連合会が、七夕の日を制定。

「笹かまの日」宮城県蒲鉾組合連合会と紀文食品が、七夕が笹の節句と呼ばれることから制定。

「コンペイトウの日」入江製菓(福岡県八幡市)が、金平糖(コンペイトウ)の天の川をイメージして七夕の日を制定。

「ポニーテールの日」日本ポニーテール協会が、ポニーテールの横顔が77に見えることから制定。

「赤しその日」三島食品(広島県広島市)が、赤しそふりかけゆかりの赤しそ(紫蘇)は7月が収穫の最盛期で蘇が七夕の織姫と彦星の関係が1年に1回蘇ることにちなんで制定。

「カルピスの日」アサヒ飲料が、カルピスが誕生した1919年7月7日にちなんで制定。

「高菜の日」全日本漬物協同組合連合会が、菜(7)っ葉と高菜(7)から制定。

「冷やし中華の日」冷やし中華の愛好家と料理人が、小暑となることが多く、暑さが始まり冷やし中華がおいしくなることから制定。

毎月7日:「生パスタの日」(全国製麺協同組合連合会)、「Doleバナ活動の日」(ドール)

ソニー生命保険が全国の20〜59歳の男女4700名(各都道府県100名)を対象に実施した「47都道府県別 生活意識調査」(2025年10月)では、県民の特徴を表す一言を聞いています。

北海道の「おおらか」、青森県の「我慢強い」、群馬県の「かかあ天下」、静岡県の「好奇心旺盛」、愛知県の「派手好き」、京都府の「いけず」、大阪府の「いらち」、佐賀県の「がばい」、宮崎県の「てげてげ」といった聞き覚えがある県民性の中で、異彩を放っていたのが、岡山県の「我が道を行く」でした。

これまで県民性と一般にあげられてきた勉強熱心、温和、慎重で合理的といった特徴とは異なっていて、岡山県に住んでいる身としても意外な感じを受けました。

協調性は意外と高くなくて、自分の都合のいいようにことを進めようとするとか、それが排他性につながっているということは地元の方々からも聞いていましたが、「我が道を行く」という県民の特徴があげられたことに、「我が道を行く」の解釈を変えなければならないかと思ったくらいです。

「我が道を行く」は、自分の意思や考えを強く持って、時代や世の中の流行、周囲の大多数の意見に流されずに行動できる性格や、他人を気にせずに、自分が思った通りに行動することを表しています。

現在の日本には数少ないタイプと考えられていて、それを認めたくないような人は“わがまま”と表現したりしますが、そう思われる一方で“軸がブレない人”として一目を置かれる存在ともいえます。

果たして岡山県民は、どちらなのか、分析をしていくべきかと思いつつも、そういえば心当たりがある人もたくさんいました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

NPO法人が株式会社などの会社組織の代わりに使われることが、NPO法人制度が始まった1998年から新会社法が施行される2006年までは多くあったということを前回書きました。

NPO法人は収益活動を行っても、その収益を公益活動に使うのであれば、株式会社のような収益事業とはならず、また株式会社のような高額な法人税も発生しないのが大原則となっています。

これが大きなメリットのように認識されて、本来のNPO法人の役割とは異なる活動が行われていたこともありました。というのは、1998年から2008年までは、他に代わりとなる法人が制度として存在していなかったからです。

2008年以降は一般社団法人の制度が成立して、株式会社のような規制を受けずに、公益活動でも収益活動でもできるようになりました。それからは資本金も出資金も必要なく、NPO法人のように所轄のお役所の認証を受けることなく、届け出だけで設立できる一般社団法人を選択する人が増えました。

NPO法人の正式名称は特定非営利活動法人です。

NPOは「Non Profit Organization」の頭文字を並べたもので、営利(私的な利益)を意味するProfitを否定するNonがつくことで非営利という意味となります。Organizationは組織、団体などを表しています。

NPOは法人格がある組織だけでなく、法人格がない組織にも使われていますが、この非営利の活動をする法人がNPO法人ということです。

一般社団法人の活動の違いについては、次回に続きます。
〔小林正人〕

「サラダ記念日」俵万智の第一歌集「サラダ記念日」(河出書房新社)が1987年7月6日に発行されたことにちなんで制定。

「ワクチンの日」日本ベクトン・ディッキソン(東京都港区)が、1885年7月6日にフランスの細菌学者のルイ・パスツールが初めてワクチン接種をしたことにちなんで制定。

「ナンの日」デルソーレ(東京都江東区)が、ナンの需要が高まる夏の始まりとナ(7)ン(6)の語呂合わせで制定。

毎月6日:「メロンの日」(全国メロンサミットinほこた開催実行委員会)、「手巻きロールケーキの日」(モンテール)、「手巻きロールの日」(モンテール)

内閣府(永田町の本府)には1400人ほどの職員がいます。

そのうちの半分ほどは通常の事務官で、半分ほどは情報部門に所属しています。

この情報部門は以前の内閣調査室から内閣情報調査室に代わり、今では国家情報局に格上げされています。その変遷と影響については、この連載コラム(SSF)の主旨とは異なるので、別の機会に記すことにします。(一部は他のコラムで小出しにはしていますが)

内閣府には厚生労働省(本省)からの出向が多く、それは省庁の中では予算規模が最も大きく(国家予算の約30%)、それに合わせるように出向の職員も多くなっています。

厚生労働省の出向から解放された私が、次に出向く機会が増えたのは内閣府(本府)でした。

NPO法人の所管が内閣府から都道府県に移行した経緯については前回(SSF7)紹介しました。

NPO法人が内閣府の直接的な所管ではなくなったタイミングで、新たに活動が始まったのは公益認定等委員会で、その事務局は内閣府に設けられました。

その役割は、それ以前の社団法人と財団法人の制度から公益社団法人と公益財団法人を認定して推進していくことであり、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律が運用されています。

それと同時に、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律も始まり、社団法人と財団法人は公益か一般かに大別されることになりました。

この制度変更によって、公益社団法人を目指す社団法人、公益財団法人を目指す財団法人からのサポート依頼が飛び込んできました。

そして、サポートした法人からの仕事も急に増えるようになりました。

これが今のセカンドステージ連盟の活動にも影響を及ぼしています。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕

「我が道を行く」は、見ることも聞くことも多いのに、誰の言葉なのかと問われると答えが出しにくいところがあります。

それなのに、わざわざ取り上げたのは、「我が道を行く」がある地域の人たちの特性を表すのに適した言葉として紹介され、メディアにも一時期登場していました。

これについては次回に書くことにして、同じ意味合いの名言を先にあげることにします。

文豪・武者小路実篤は「この道より我を生かす道なし この道を歩く」と言い、90年の生涯の中でも最も多く書画に書き残したのが“この道”です。

哲学者・西田幾多郎の「人は人 吾は吾なり とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」は、書(色紙)に記されることが多く、自分自身を大切にして、他人と比較することなく生きることの大切さを教えてくれます。

勝海舟は「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与からず我に関せず」と書き残していますが、これは福沢諭吉にあてた手紙の一節です。

「出処と進退は自分が決めること、悪口と称賛は他人の主張であり、私には関係がないこと」ということで、自らの覚悟を示すと同時に、決意を促す言葉とされています。

どの言葉も、自分自身の道を信じて進むことの重要性、他者に左右されない姿勢を表す言葉として伝えられています。

他人の意見に左右されずに、こうだと思った道を黙々と歩き続けることであり、英語で表すと「Go My Way」となりそうです。

ただ、マイペース、やりたいようにするという意味で捉えられてしまい、「周囲との協調性がない」と言われて、“四面楚歌”となりかねない危うさもあります。

もちろん、そんな道を選んではいないことから、「我が道を行く」を私の言葉として書いています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

NPO法人制度が始まった1998年当時は、事業を行う場合には会社(株式会社、有限会社など)を設立する必要があり、それ相当の資本金が必要でした。

今でこそ株式会社の資本金は1円以上とされていますが、当時は株式会社の設立には1000万円以上の資本金が法律で義務づけられていました。

株式会社に比べたら、資本金が少なくて済む有限会社でも300万円以上が必要でした。

この株式会社と有限会社の最低資本金の規制が廃止されたのは2006年のことでした。

1998年から2006年までは、株式会社と有限会社の資本金の規制があるために、本来なら会社組織を設立して始めるべき事業を、NPO法人で始めるところが相次ぎました。

市民活動のボランティア組織としてNPO法人を設立して運営していくのは、それまで法人の設立を経験してこなかった人にとっては大変な作業のように感じるかもしれないことでした。

しかし、株式会社を設立して運営をしてきた立場の人にしてみれば、NPO法人の経理や活動の報告は簡単なもので、「わざわざ税理士に依頼することもない」と言われるくらいのことでした。この言葉は会社経営者からではなくて、税理士が当時から口にしていたことです。

その上、会社の設立に必要な資本金がNPO法人では必要がないということで、「金がなくても設立できる法人」ということを大きな利点と考える経営者も少なくありませんでした。

そのために、安易にNPO法人を設立する人が増えることになり、実態を伴わないNPO法人、株式会社が支払うべき税金を減らすための便利な法人といった使われ方もされてきました。

株式会社に比べて財務監査の目が届きにくい点があることから、「NPO法人は胡散臭い」と言われることもありました。中にはマネーロンダリングや反社会勢力の隠れ蓑に使われる例も出てきて、“NPO悪人説”まで飛び出すようなことがあったのは事実です。
〔小林正人〕

NPO法人と呼ばれることが多い特定非営利活動法人は、他の公益法人(一般社団法人、一般財団法人、公益社団法人、公益財団法人)とは違った経緯で始まりました。

そのきっかけとなったのは、1995年1月17日の早朝に発生した阪神・淡路大震災です。

兵庫県淡路島北部を震源としたマグニチュードは7.3、神戸市や芦屋市などでは最大震度7を観測しました。大都市の直下を襲った地震として戦後最悪規模の被害となり、多くの方が犠牲となりました。

その支援に個人や任意団体のボランティアが延べ130万人以上も全国から駆けつけ、1995年は後に“ボランティア元年”と呼ばれることになりました。

ボランティアをコーディネートする市民組織が次々と誕生して、支援の品々や義援金が集まり、これで市民活動としての復興支援が本格化することが期待されました。

しかし、その支援組織の多くは法人格を持たない任意団体であったために、経済的な支援が受けられない、義援金があっても受け皿となる法人がないために本格的な支援活動ができないといった問題が発生しました。

そこで、これまでとは異なる市民活動の基盤の重要性が認識され、法人の設立のための資本金や税務上の負担、活動の裏付けとなる諸条件の緩和も求められました。

これを受けて1998年12月1日から始まったのが特定非営利活動促進法で、現在のNPO活動の礎が築かれることとなりました。

NPO法人は、ボランティア活動の支援から始まったという経緯はありますが、ボランティア以外でも会社組織とは異なる活動をしようという動きがありました。

そのことについては次回に続きます。
〔小林正人〕