日々邁進100 邁進のための巡り逢い

邁進と精進は、混同して使われることがあるのですが、似て非なるものと認識しています。そして、連載コラムのタイトルとして100回を書き続けてきたのは、この時までに邁進している自分の姿を思い浮かべて、イメージと実際のズレの極力小さくするように努めていこうとしてきたからです。

邁進(まいしん)は、恐れずに目標に向かって突き進むことで、突き進んだ結果が重要になります。本人は邁進と思い、それを周囲も認めてきたとしても、結果が伴わなければ「精進」であったと判断されてしまいます。

その精進(しょうじん)ですが、一つのことに集中して努力をして、自分自身を磨くことを指しています。結果はどうであっても、「私は精進してきたのだ」と言い放つことができるのは、地道な努力と自己研鑽に重点があるからです。

邁進は、勢いと前進があってこそ成り立つことで、初めは勢いがあっても長続きしないのでは使うことができない言葉であり、また前進していても目標まで到達するのに時間がかかりすぎても使えない言葉です。

その勢いと前進が兼ね備えられて、目標を手繰り寄せることができたのかというと、これは自分にとっては難しいところがありました。というのは、私の邁進は、自分だけではなく、精進が評価されることでもなくて、同じ方向を見て、一緒に歩むべき人(人たち)と巡りあわなければ達成できないことだからです。

それは他人任せということではなく、日々邁進の90〜99回まで書いてきた「タクティシャン(tactician)=軍師」として、そこにいる方々の力を引き出し、それぞれの力が掛け合わされて、新たな世界へと踏み出すことができると信じることができる人たちとの「巡りあい」の結果です。

敢えて「巡りあい」と一部をひらがなで書いたのは、一般に使われる合い、会いとは違っていると感じていたからで、それが「巡り逢えた」と自身を持って言えるようになった変化を表すためのことです。

ここから先は考え過ぎかもしれないのですが、逢えたことによって「和えた」と表現できる関係性が見えてきたこともあります。和えるは単に混ぜることとは違って、素材と衣の調和(ハーモニー)を大切にして、お互いの持ち味を引き立てるという日本人の感性と合致した言葉だと信じているからです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕