日々邁進103 大断層帯をなかったことにする怖さ

私が高校3年生のときに、地元選出の国会議員が総理大臣になり、上京して大学1年生のときの総理大臣の私邸の錦鯉の世話をすることになり、それが今に続く数多くの経験のきっかけになったことは「日々邁進」の中でも書いてきました。

大学生のときに柏崎に原子力発電所ができることを知り(ニュースで流れる数年前)、電力会社の特別な部門への就職を打診されたこともあったのですが、卒業後は東京で暮らすことにして柏崎の実家は弟に任せることにしました。

柏崎から千葉につながる構造線に何か起こったとしても原子力発電所が設けられるのは、柏崎だということを言ってはいけないのは、政治家の手前だけでなくて、知っていても口に出してはいけないのは当たり前のことです。

そのことを自分に言い聞かせるときには、ネット検索で柏崎−千葉構造線のキーワードを打ち込んで、画像(地図)で確認していました。当時に比べると、随分と柏崎−千葉構造線は詳細な画像が出るようになっています。当時であったら、これを示して原子力発電所の反対運動が起こりそうなくらいの内容です。

それ以外にも言ってはいけないことの連続で、それは東京から離れて岡山に移住する9年前まで続きました。今では少しは“噂ばなし”程度では話題にすることはあっても、誰にも言ってはいけないことを言わなかったから今まで生き延びることができて、これからも生きていけるのではないか、と考えているところです。

今では遠く離れているので安心ではないか、と言われることもあるのですが、怖いという気持ちは続いています。それは親戚も多く住んでいるから地質的に怖いというよりも、大断層帯がなかったかのようにしてしまう人の反応のほうが怖かったという感覚があります。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕