日々邁進61 ぜんざいは京都では汁粉?

妻の出身地である京都では、ぜんざいは、こしあんのおしるこ(汁粉)です。

同じこしあんでも汁気のないものもあって、これは汁粉ではなくて、亀山や小倉と呼ばれています。中には粒あんを使ったぜんざいもあって、文化の混ざり合いを感じています。

粒あんの汁粉を“田舎汁粉”と呼んでいる店もあって、1000年の歴史がある食文化の中心であった京都から見たら粒あんは田舎臭いもの、それを好んで食べていたのは田舎者という扱いなのかと感じて、京都に行ったときだけは、こしあんのおしるこを楽しむことにしています。

関東出身の私と、京都出身の妻と一緒に地方に行ったときには、どんな餡ものを頼むかというと、ない物ねだりはしないことにしていて、基本的には現地の味を楽しむことにしています。

前回は、11月の神無月は、出雲では全国から神様が集まるので神在月と呼ばれていて、このときに食べる小豆雑煮が“神在餅”と呼ばれて、これが転じてぜんざいとなったという出雲地方の公式見解について書きました。

神無月(かんなづき)は、出雲地方だけは神様が集まっているので「神在月」(かみありづき)と呼ぶ、という説明が当たり前のようにされています。

今では出雲大社の関係者でも同様のことを言っていますが、古い文献好きの立場からすると、出雲地方だけでなく全国的に(といっても文献に出てくるのは関東地方くらいまで)神在月と書かれています。

これは「かんなづき」と読まれていました。在は“なり”と読むからで、かんなづきといえば神在月が当たり前の表記です。神無月のほうが後付けの説明のようです。

そんなことを話しながら、神在(じんざい)が、出雲訛り(東北弁に近い感じ)で「ずんざい」と発音されて、「ぜんざい」という言葉とともに小豆を使った甘いものが京都に伝えられたのではないか、と考察するのを楽しんでいます。
(日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人)