正念17「正信念仏偈」

浄土真宗の「正信念仏偈」については2回にわたって(正念15、正念16)紹介しましたが、写経のように書き写しているものと、自分なりに納得している解釈を記しておきたいと思います。

「正信念仏偈」

帰命無量寿如来    無量寿如来に帰命し、
南無不可思議光    不可思議光に南無したてまつる。

法蔵菩薩因位時    法蔵菩薩因位の時、
在世自在王仏所    世自在王仏の所に在して
覩見諸物浄土因    諸物浄土の因、
国土人天之善悪    国土・人天之善悪を覩見し、
建立無上殊勝願    無上殊勝の願を建立し、
超発希有大弘誓    希有の大弘誓を超発せり、
五劫思惟之摂受    五劫に之を思惟して摂受す。

重誓名声聞十方    重ねて誓うらくは「名声十方に聞えん」と。

普放無量無辺光    普く無量・無辺光、
無碍無対光炎王    無碍・無対・光炎王、
清浄歓喜智慧光    清浄・歓喜・智慧光、
不断難思無称光    不断・難思・無称光、
超日月光照塵刹    超日月光を放ちて塵刹を照らす、
一切群生蒙光照    一切の群生、光照を蒙る。

本願名号正定業    本願の名号は正定の業なり、
至心信楽願為因    至心信楽の願を因と為す、
成等覚証大涅槃    等覚を成り大涅槃を証することは、
必至滅度願成就    必至滅度の願、成就すればなり。

如来所以興出世    如来世に興出したまう所以は、
唯説弥陀本願海    唯弥陀の本願海を説かんとなり。

五濁悪時群生海    五濁悪時の群生海、
応信如来如実言    応に如来如実の言を信ずべし。

能発一念喜愛心    能く一念喜愛の心を発せば、
不断煩悩得涅槃    煩悩を断ぜずして涅槃を得、
凡聖逆謗斉廻入    凡・聖・逆・謗斉して廻入すれば、
如衆水入海一味    衆水の海に入りて一味なるが如し。

摂取心光常照護    摂取の心光は常に照護したまう、
巳能雖破無明闇    巳に能く無明の闇を破すと雖も、
貪愛瞋憎之雲霧    貪愛・瞋憎の雲霧、
常覆真実信心天    常に真実信心の天を覆えり、
譬如日光覆雲霧    譬えば日光の雲霧に覆われども、
雲霧之下明無闇    雲霧の下明らかにして闇無きが如し。

獲信見敬大慶喜    信を獲て見て敬い大いに慶喜すれば、
即横超截五悪趣    即ち横に五悪趣を超截す。

一切善悪凡夫人    一切善悪の凡夫人、
聞信如来弘誓願    如来の弘誓願を聞信すれば、
仏言広大勝解者    仏は広大勝解の者と言い、
是人名分陀利華    是の人を分陀利華と名く。

弥陀仏本願念仏    弥陀仏の本願念仏は、
邪見驕慢悪衆生    邪見・驕慢の悪衆生、
信楽受持甚以難    信楽受持すること甚だ以て難し、
難中之難無過斯    難の中の難斯に過ぎたるはなし。

印度西天之論家    印度西天の論家、
中夏日域之高僧    中夏・日域の高僧、
顕大聖興世正意    大聖興世の正意を顕し、
明如来本誓応機    如来の本誓、機に応ずることを明す。

釈迦如来楞伽山    釈迦如来楞伽山にして、
為衆告命南天竺    衆の為に告命したまわく、「南天竺に、
龍樹大士出於世    龍樹大士、世に出でて、
悉能摧破有無見    悉く能く有無の見を摧破し、
宣説大乗無上法    大乗無上の法を宣説し、
証歓喜地生安楽    歓喜地を証して安楽に生ぜん」と。

顕示難行陸路苦    難行の陸路の苦しきことを顕示し、
信楽易行水道楽    易行の水道の楽しきことを信楽せしめたまう。

憶念弥陀仏本願    「弥陀仏の本願を憶念すれば、
自然即時入必定    自然に即の時必定に入る、
唯能常称如来号    唯能く常に如来の号を称じて、
応報大悲弘誓恩    大悲弘誓の恩を報ず応し」といえり。

天親菩薩造論説    天親菩薩は論を造りて説かく、
帰命無碍光如来    「無碍光如来に帰命したてまつる」と。

依修多羅顕真実    修多羅に依りて真実を顕し、
光闡横超大誓願    横超の大誓願を光闡し、
広由本願力廻向    広く本願力の廻向に由りて、
為度群生彰一心    群生を度せんが為に一心を彰したまう。

帰入功徳大宝海    「功徳の大宝海に帰入すれば、
必獲入大会衆数    必ず大会衆の数に入ることを獲、
得至蓮華蔵世界    蓮華蔵世界に至ることを得れば、
即証真如法性身    即ち真如法性の身を証せしむ、
遊煩悩林現神通    煩悩の林に遊びて神通を現じ、
入生死薗示応化    生死の薗に入りて応化を示す」といえり。

本師曇鸞梁天子    本師曇鸞は梁の天子、
常向鸞処菩薩礼    常に鸞の処に向いて「菩薩」と礼した舞えり。

三蔵流支授浄教    三蔵流支、浄教を授けしかば、
梵焼仙経帰楽邦    仙経を梵焼して楽邦に帰したまいき。

天親菩薩論註解    天親菩薩の論を註解して、
報土因果顕誓願    「報土の因果は誓願なり」と顕したまう。

往還廻向由他力    「往還の廻向は他力に由る、
正定之因唯信心    正定之因は唯信心なり。

惑染凡夫信心発    惑染の凡夫、信心を発しぬれば、
証知生死即涅槃    生死即ち涅槃なりと証知せしむ、
必至無量光明土    必ず無量光明土に至れば、
諸有衆生皆普化    諸有の衆生、皆普く化す」といえり。

道綽決聖道難証    道綽は聖道の証し難しきことを決し、
唯明浄土可通入    唯浄土の通入す可きことを明す。

万善自力貶懃修    万善の自力、懃修を貶し、
円満徳号勧専称    円満の徳号、専称を勧む。

三不三信誨慇懃    「三不・三信の誨、慇懃にして、
像末法滅同悲引    像・末・法滅同じく悲引したまう、
一生造悪値弘誓    一生悪を造れども弘誓に値いぬれば、
至安養界証妙果    安養界に至りて妙果を証せしむ」といえり。

善導独明仏正意    善導独、仏の正意を明かにし、
矜哀定散与逆悪    定散と逆悪とを矜持して、
光明名号顕因縁    光明・名号の因縁を顕したまう。

開入本願大智海    「本願の大智海に開入すれば、
行者正受金剛心    行者正しく金剛心を受け、
慶喜一念相応後    慶喜一念相応の後、
与韋提等獲三忍    韋提と等しく三忍を獲、
即証法性之常楽    即ち法性之常楽を証せしむ」といえり。

源信広開一代教    源信広く一代の教を開きて、
偏帰安養勧一切    偏に安養に帰して一切を勧む。

専雑執心判浅深    専・雑の執心に浅・深を判じ、
報化二土正弁立    報・化二土正しく弁立したまう。

極重悪人唯称仏    「極重の悪人は唯仏を称すべし、
我亦在彼摂取中    我も亦の彼の摂取の中に在れども、
煩悩障眼雖不見    煩悩、眼を障えて見たてまつらずと雖も、
大悲無倦常照我    大悲倦きこと無くして常に我を照したまう」といえり。

本師源空明仏教    本師源空は仏教に明かにして、
憐愍善悪凡夫人    善・悪の凡夫人を憐愍し、
真宗教証興片州    真宗の教・証を片州に興し、
選択本願弘悪世    選択本願を悪世に弘めたまう。

還来生死輪転家    「生死輪転の家に還来することは、
決以疑情為所止    決するに疑情を以て所止と為す、
速入寂静無為楽    速に寂静無為の楽に入ることは、
必以信心為能入    必ず信心を以て能入と為す」といえり。

弘経大士師師等    弘経の大士・宗師等、
拯済無辺極濁悪    無辺の極濁悪を拯済したまう。

道俗時衆共同心    道・俗・時衆、共に同心に、
唯可信斯高僧説    唯斯の高僧の説を信ず可し。

「正信念仏偈」は、「7文字×120行=840文字」なので、いつもより長く書くことになってしまいした。

仏教の2500年の歴史の理解のために親鸞聖人が書かれ、今も伝えられる文字(漢字)であることから、より親鸞聖人を近くに感じられるものとして、記録として残る形でアップしました。

左側は、いつも打っていて慣れているものの(「正信念仏偈」の漢字)だったので、それほど時間はかからなかったのですが、右側の文は今回初めて打ち込んでみたので、思いの外、時間がかかりました。

時間がかかるほど、集中し続けることの困難さ、というべきか、集中し続けることの大切さを改めて実感するよい機会となりました。
〔小林正人〕