発達障害の支援をするときに心がけることとして、よく言われるのが平等と公平の違いです。“平等”は、同じような支援をすることで、その例として壁があって、そこに背の高さが違う子どもがいて、野球などのスポーツ競技を見ているシーンが使われます。1人は背が高くて頭が壁から出ているので壁の向こう側を見ることができます。2人目は頭の先が壁の上端に届きそうで、もう1人は壁の上端までかなりの距離があります。
全員に同じ高さの踏み台を用意するのが平等の例としてイラストに描かれています。それだと1番目の子どもは踏み台がなくても見えているので余計なものとなります。2番目の子どもは頭が出て見ることができます。3番目の子どもは踏み台に乗っても頭が出ないので見ることができません。そのような結果に違いが出て、平等のつもりが不平等になっていることを示すのに使われています。
これに対して“公平”は、同じ高さの踏み台を用意するのではなくて、それぞれの子どもに合わせることで、背の高い子どもには踏み台は必要ありません。2番目の子どもには踏み台を1個用意して、背が低い子どもには踏み台を2個用意して、全員の頭が壁から出て、全員が見られるようにしてあげることを示して、平等と公平の違いを理解するように例示しています。
これは発達障害がある子どもに対する対応でも同じことで、機会の均等の平等ではなく、結果が均等になるようにする公平を考える教材となっています。しかし、それが本当の公平なのかというのが、今回の新たな認識という問いかけです。
障害の状態に差がある子どもにとっては、同じ高さの壁でも困難さが異なります。壁の違いという障壁を越えさせることに着目するよりも、さらに進めて壁そのものを取り除く、壁が取り除けないなら、障害に関係なく見ることができるように、ちゃんと見ることができる観客席を用意するといった選択もあるはずです。
これまで常識とされてきた支援でよいのか、他の方法はないのかと考える機会を与えることが障壁を取り除くために必要でないかと考えています。
(日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人)






