私が中学3年生だった1970年に父親は糖尿病と診断されていますが、その年は日本万国博覧会(通称「大阪万博」「EXPO70」)が開催された年で、食生活の洋風化が大きく進んだ時期でした。
1970年にはケンタッキーフライドチキン、すかいらーくの第1号店、1971年はマクドナルド、ロイヤルホストの第1号店が開店しています。
その1970年が糖尿病にとって大転換の時期であったということは、後に病院栄養管理の研究所のメンバーになった時に知ったことです。
大転換というのは、糖尿病患者が1970年には約100万人となり、患者数は増え続ける一方でしたが、従来は糖質の摂取量が多くなるほど糖尿病患者は増えるということが常識として伝えられていました。
ところが、1970年前後は米の摂取量が大きく減少して、その代わりに肉類や乳製品の摂取量が大きく増えた時期で、1日の摂取エネルギー量の平均がピーク(2226kcal)に達したのは1975年のことでした。
そして、現在の1日の摂取エネルギー量の平均が約1900kcalと、終戦直後(80年前)と同程度になっています。
糖質の摂取量が減っただけでなく、全体の摂取量エネルギー量が減ったのに、糖尿病患者が増え続けて、2016年には糖尿病患者は約1000万人と発表されました。
これほどの短期間のうちに大きく患者数が増えた国は、他にはみられないことです。
私が病院栄養管理の研究所の主任研究員になったのは1986年のことですが、その年は我が国の糖尿病治療の歴史の記念すべき年となりました。
それは血糖自己測定が健康保険適用となったことで、これによって自宅で血糖値を測定して、自己管理ができるようになりました。
食事内容と血糖値の変化を見比べることで、高血糖の原因となる食べ物と摂取量を確認することができるようになりました。
そして、生活習慣が大きく影響していることが徐々に認識されてきて、その10年後の1996年に、厚生省(のちの厚生労働省)は、従来の呼び名の成人病を生活習慣病と改称しています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕






