「都会の人間は故郷がない」ということを言われて、生まれ在所を旅立つ人が相次いだ時代がありました。
夜汽車に乗って集団就職という時代のことではなくて、これは今から50年前くらいまでは当たり前のように言われていた地域もあります。
その代表とされるのが新潟県で、これは“純県民率”が高くて、都会(東京や大阪など)に大学入学や就職をしても県内にUターンする人が多かったことも関係しています。
「都会の人間は故郷がないので可哀想だ」ということを言いたかったのでしょうが、何も生まれた土地から離れなくても同じであろうし、故郷がないのは可哀想なのかというと疑問が残ります。
「故郷がないので可哀想だ」ということは、私は父親から中学生、高校生の6年間で事あるごとに言われていました。4歳違いの弟がいましたが、「家は長男が継ぐもの」という考えがあったのかもしれません。
そんなことを言いながらも、父親は次男、母親は次女で、家を継ぐ立場ではない上に、そもそも父親は転勤続きの仕事で、家族ごとの引っ越しが当たり前だったので、どんな気持ちで言っているのか、理解するのにかなりの期間がかかりました。
ただ、父親は定年退職の最後の勤務地が出身地で、退職前に生まれ育った地(実家)に家を建てました。叔父(父の兄)が他のところに住んでいたことがあったものの、継ぐべき家業はなかった(米屋は廃業していた)ので、何を継いだのかわからない状態でした。
前回(自業苦・業苦楽11)にも書いたように、私は生まれたところも住んだところも、父親の実家(最終的に住んだ所)ではなくて、新潟県内だけでも点々としていたので、「故郷がないので可哀想だ」というのは、私自身が可哀想だと言われているようなものだったと懐古しています。
〔小林正人〕






