修行と書いたら「しゅぎょう」と読むのが当たり前というか、正式には「しゅぎょう」としか読まないのに、原稿や台本に「修行」と書かれていると「しゅうぎょう」と読む人がいます。
これは言葉のアマ(素人)ならわからないではないものの、言葉のプロ、それもプロ中のプロである(と思われている)アナウンサーやレポーターなどの所業となると見逃すわけにはいきません。
なぜ、修行(しゅぎょう)を「しゅうぎょう」と読んでしまうのかというと、これは修業と混同したためだと考えられています。
修行は精神面を高めることが最終目的の終わりのない研鑽を指しています。
それに対して、修業は読み方によって意味が違ってきます。
修業(しゅぎょう)は技術面、技術を磨くことで、一定の期間、一定のレベルの技術を身につけることを指しています。
修業(しゅうぎょう)は習い修めることで、その結果として受けることができるのは修業証書です。これは、もちろん修業(しゅうぎょう)証書(しょうしょ)と読みます。
つまり、修行のように、ずっと続く研鑽、どこまで高まるかわからない究極の姿を表すのではなくて、修業は、どちらの読み方をしても、どこまでも続くものではなく、身につけたら終了するということになります。
その終わりがある修業を、さらに続けることで修行にまで高めることになるのかは、その人次第ということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕






