「ボロは着てても心の錦」は、水前寺清子が歌う「いっぽんどっこの唄」のキーワードにして歌い出しの印象的な歌詞です。
そのインパクトのおかげで、3秒だけ聞けば曲名がわかるというテレビ番組の絶好のネタとなっています。
「いっぽんどっこの唄」は、1966年にリリースされて、累計売り上げが100万枚を記録するミリオンセラーです。作詞は星野哲郎さん、作曲は富侑栄さんで、お二人とは日本コロムビアとクラウンで何度かお会いしています。
星野哲郎さんは戦後歌謡界を代表する作詞家の一人で、水前寺清子の楽曲は9曲を手がけていますが、その2年後にリリースされた「三百六十五歩のマーチ」の作詞家でもあります。
「三百六十五歩のマーチ」の作曲家は、私の恩人の一人の米山正夫先生で、そのことについては前(金言の真理37)に紹介しました。
「いっぽんどっこの唄」の作曲家の富侑栄さんは、水前寺清子(9曲)のほかに、三波春夫、村田英雄、美空ひばり、こまどり姉妹、北島三郎、舟木一夫、笹みどり、都はるみ、天童よしみなど、懐かしの名曲特集などでは何度も目にしている名作曲家です。
「いっぽんどっこの唄」の歌詞では「ぼろは着てても こころの錦」となっています。
この金言の真理では「ボロ」と書いていますが、これは読みやすさでカタカナを選んだだけで、特段の意味もなしに初めは書きました。しかし、この連載コラムでボロの意味合いを考えていくうちに、「ボロは着てても心の錦」として、よかったと感じるはずです。その理由については乞うご期待ということで、次回から6回目まで続きます。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕






