松下幸之助さんの言葉は、今の時代に通じるのか、という疑問が投げかけられることがあります。その疑問のことを初めて耳にしたのは、お題の「磨けば光る原石」につながる言葉です。
「ただの石をいくら磨いてもダイヤモンドにならない。ダイヤモンドの原石は磨くことによって光を放つ。しかも磨き方、カットの仕方で、さまざまに燦然とした輝きを放つ」と要約しました。
人間は、「それぞれに磨けば光る、さまざまな素晴らしい素質をもったダイヤモンドの原石のごときもの」というのはダイヤモンドの原石であることが前提の話であって、ダイヤモンドの原石がたくさんあった(よい人材が多かった)時代には通じても、今の時代には通じないのではないかという考え方です。
確かに、目の前の人材がダイヤモンドであるのか、人工のダイヤモンドか、それともダイヤモンドに見えてしまうガラスなのかが見抜きにくい時代には、通じないことも多くなっています。
技術の進歩は、かつては同じレベルと見られることが多かった人材が、的確に判断されると大きな差があって、求める価値と違っていることが多くなっているのは事実です。
一つの器の中に入っている原石が、信頼のおける人や企業などによってより分けられていれば、その中には本物の原石があるであろうと考えることが可能で、まるで“福袋”のようなものだと考えることができます。
支払う金額と価値が一致したものが一握りであっても、全体的には得をするものが入っていて、金額と価値が一致しないものであっても他の使い道(自分にとっては必要なくても知人は喜んで使ってくれる)があれば、これは価値があることになります。
しかし、その価値判断も時代によって変化していくので、今は時代を超越した金言であり、正しいことだと判断できても、今から先も同じとは限らないということも考えに入れておく必要があります。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕






