金言の真理121「お前はお前で丁度よい」2

「お前はお前で丁度よい」から始まる『丁度よい』という詩は、良寛和尚の作として伝えられることもあるものの、常讃寺の藤場美津路坊守(住職の奥さん)の1982年の詩であることを前回書きました。

常讃寺(石川県野々市市)は真宗大谷派(東本願寺派)の寺院で、良寛和尚は江戸時代の曹洞宗の僧侶です。宗派が違っていて、浄土真宗の特徴である親鸞聖人の他力本願の教えに基づいて『丁度よい』には書かれているので、どうして良寛和尚の作とされたのか不思議に感じます。

良寛和尚は新潟県出雲崎町の生まれで、当地の曹洞宗の光照寺で得度をされています。

私の母親の実家の寺院は出雲崎町の真宗大谷派で、その寺で私は生まれました。

そんなことから良寛和尚と親鸞聖人、というか曹洞宗と浄土真宗の違いを感じてきたことから、「お前はお前で丁度よい」が良寛和尚の詩だと紹介された時には違和感を感じていました。

良寛和尚は歌人でもあったことから有名な句を多く作られていますが、中でも有名なものは「散る桜 残る桜も 散る桜」です。

「今どんなに美しく綺麗に咲いている桜でも、いつかは必ず散る。そのことを心得ておくこと」という意味として伝えられています。

この句は、良寛和尚の辞世の句として伝えられていますが、辞世の句は別のものだと確認されています。その研究結果を発表したのは、良寛研究の第一人者の相馬御風さんです。相馬御風さんは、私の血筋の相馬家(新潟県糸魚川市)の兄に当たる方です。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕