子どもの頃には「米百俵の精神」と後に讃えられる逸話が伝えられる新潟県長岡市から、そう遠くない地域(出雲崎町)に住んでいたので、「米百俵」というキーワードを耳にするたびに気になっていたことがありました。
それは100俵というのは、どれくらいの量なのか、ということが一つです。
もう一つは、米百俵を売却して学校を作ったということで、どれくらいの価格なのか、ということでした。
俵に入れられた米が60kgだということを子どもの時に知っていたのは、父親の実家(柏崎市)が代々の米屋であったからです。
これは後に調べて知ったことですが、江戸時代の年貢は4斗で、容量は720ℓ(リットル)でした。米だと約60kgに相当します。
なぜ60kgになったのかというと、諸説ある中で、有力なのは「人間が肩に担いで運ぶことができる重さ」ということです。米俵を担いで運べれば一人前の労働者と認められたと伝えられています。
馬1頭の積載量は約120kgとされていて、2俵を積んで運んでいる姿が草紙や浮世絵に描かれています。テレビ時代劇に登場する馬なら、もっと積めそうですが、その馬はサラブレッドで、当時の小型の日本馬とは違っています。
明治時代には1合が150g で、400合が1俵と定められたので60kgになります。俵から袋に詰める時代になった今も60kgが基準となっています。
袋なら重量は自由に変えることができるわけですが、業務用の世界では30kgの袋に入れられていて、取り引きの単位は2袋(60kg)となっています。
現在の米の取り引き価格も、玄米60kgあたりで示されています。
米百俵の価格については、次回(金言の真理69)に続きます。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕






