金言の真理81「三献の茶」1

「三献の茶」は、豊臣秀吉と石田三成の出会いから生まれた言葉で、金言としても文句が出ない物語性があります。

石田三成は安土桃山時代の武将で、豊臣秀吉に仕えて、豊臣政権の中核を担った五奉行の一人として知られています。

秀吉が近江国の鷹狩りの帰りに喉の渇きを感じて、寺院に立ち寄り、寺小姓に茶を所望します。そのときに寺小姓は、最初に大きめの茶碗でぬるめの茶を出し、次に一杯目よりやや小さい茶碗で熱めの茶を出し、最後に小振りの茶碗で熱い茶を出しました。

ぬるめの茶で喉の渇きを鎮めさせ、後に熱い茶を充分に味わってもらうという寺小姓の細やかな心遣いに感服した秀吉は寺小姓を家来として召し抱えました。これが後の石田三成だ、という逸話です。

この逸話の舞台は観音寺(滋賀県米原市)と伝えられていて、これが三献の茶(または三杯の茶)と呼ばれています。

この逸話を見習って、後に同じことをして出世を願う人が相次いだとも伝えられていますが、その通りにすれば同じ結果になるとは限りません。同じ結果にならないほうが多いはずです。

逸話が広く知られていれば「真似をしているだけか」と言われることになります。逸話を知っていなくても、お茶を飲む人の気持ちがわかっていなければ、余計なことをしたと言われかねません。

「小さな親切、大きなお世話」と言われるか、言われないかの差は、相手を思いやる心の持ちようであり、ワンパターンではなく、臨機応変の対応にかかっています。

三献の茶(さんけんのちゃ)は、相手の思いをつかんで対応したからこそが金言とされているのです。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕