金言の真理82「三献の茶」2

豊臣秀吉と石田三成の出会いと、三成が家来から奉行、大名に出世していくきっかけとして伝えられる「三献の茶」の逸話は、正しく伝えられないと金言どころか誤りを伝えることにもなりかねません。

目上の人が格下の者のところに出向いて、礼を尽くして重要な人物として迎え入れることをお願いすることだと思われていることもあるのですが、これは「三顧の礼」です。

三顧の礼(さんこのれい)は、中国の三国時代の武将の劉備玄徳が、諸葛亮孔明を軍師として迎えるために、家を三度も訪ねたという故事に由来した言葉です。

劉備玄徳は三国志の主人公として語り継がれる英雄で、魏と対立していた蜀の劉備玄徳が戦いに勝ち抜き、蜀漢の初代皇帝となったのは諸葛亮孔明の軍略があればこその結果と伝えられています。

三国志の英雄といえば劉備玄徳、関羽、張飛が三傑(英雄)とされ、桃園の誓いの「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん」という名シーンは、他の作品(小説、演劇、アニメまで)でも再現されています。

この誓いを実現させた有名な戦いというと赤壁の戦い、官渡の戦い、長坂の戦いが挙げられますが、これらは諸葛亮孔明の軍略である「空城の計」「八陣図」「火攻めの計」などが存分に活かされた結果です。

「三顧の礼」は、人に対して心を尽くして丁重に頼み事をすることを意味していますが、この“心を尽くして”というところが「三献の茶」の真理と共通しているところで、形ばかりの継承やマニュアルでは成し得ない重要なことを使える金言といえます。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕