良寛和尚(禅師)の「天上大風」の書は、書道作品として江戸後期から今に伝えられていて、その解釈も一定のものではありません。受け取る人によって違いがあっても許されるのは、そこが金言たるところです。
「天上大風」(てんじょうおおかぜ)は、「空は穏やかに見えても、その上空では激しい風が吹いている」という仏教的な戒めや人生観を表す言葉というのが、一つの解釈です。
「天上大風」の言葉の印象の強さから、「現生の平穏さの裏に人生の試練や真理が隠されている」という悟りの境地として説明されることもあります。
そこから現在のように閉塞感のある時代でも、前向きな気持ちで大きな風を呼び込み、良い方向へ進もうという素朴で力強い(ポジティブな)願いを表現する言葉としても使われています。
もう一つは、素朴な解釈そのものなのですが、これこそが良寛和尚の純粋な心を表す言葉(金言)とされています。
「天上大風」は空の上には強い風が吹いているというのが直接的な意味で、子どもの凧揚げがうまくいかないときに、「天上大風」と書いたところ空高くあがったという逸話が残されています。
これは「空高く風よ吹け」という純粋な気持ちを込めた言葉という解釈としても伝えられています。
「天上大風」に強く惹かれるのは、私が3歳から親元を離れて暮らした母親の実家の寺院が新潟県出雲崎町にあり、良寛和尚の出身地も出雲崎町だったことも影響しています。
「天上大風」の書が寺院の門徒(浄土真宗なので檀家とは呼ばない)の家で常に目にすることがあったこと、出雲崎町では良寛和尚の生家の跡の良寛堂、良寛記念館があり、飲んでいたのが良寛牛乳だったなど、良寛和尚の存在(?)が子どもの頃の地元の感覚(?)とつながっていたこともあります。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕






