就職したのに、あっという間に(1週間も経たないということも)退職をする若者が増えてきて、その退職代行会社がメディアで何度も取り上げられる状況になっています。
人手不足が大きく進んで、社員が会社を選ぶ時代を反映しているとの取り上げ方をされることもあるものの、代行料金が社員(正社員、契約社員、派遣社員)は2万2000円ということの“お手軽感”も関係しているようです。
メディア報道は、ここで終わっていることが多いのですが、初めから働き方の勘違いがあって、それがミスマッチを生み出していると唯一伝えていたテレビ番組がありました。それは「週休2日」の認識が違っていたことでした。
以前から存在していた週休2日制は、1か月の間に週休2日があるという意味で、この場合の週休2日は月に1回だけ1週間に休みの日が2日あることを指しています。これは日曜日だけが休みで、土曜日は働く日というのが常識であった時代に始まったことです。
週休2日が雇用条件・労働条件に示されていたら、本来なら(祝日がなければ)月に1回だけ休みがプラスされるだけということになります。
これに対して、完全週休2日制は週に2日は休み、つまり毎週必ず2日の休日が確保されている制度のことで、それが土曜日と日曜日なのかは企業などによって違ってきます。
週休2日制と完全週休2日制の間には、“半ドン”という制度がありました。今や半ドンという言葉を使われても通じない“死語の世界”の用語になっています。
半ドンは、かつての土曜日は午前中が勤務で、午後からは休みという官公庁や学校の勤務体制のことで、学校に通っている生徒なども普通に半ドンと言っていました。
その意味は、オランダ語で休日を表すドンタクから、半分の休日ということで半ドンと呼ばれるようになったということですが、真実なのかどうか?
そこはわからなくても、完全週休2日制を日本で始めた人は記録にも残されています。それはパナソニック(当時は松下電器産業)の創業者の松下幸之助さんです。
このことは松下さんの書籍のゴーストライターを務めていたときに、ご本人から聞いたことです。1960年に「5年後に週休2日制」と発表して、実際に1965年に導入しています。
これは今でいうところの働き方改革ではなくて、その考えを示す言葉として「1日休養、1日教養」があげられていました。まだ月に1回だけ余分に休みが取れるようになった時代ですが、2日の休みがあるからといって2日を遊びに使ったら翌週の仕事に影響が出ることも考えられます。
そこで1日は教養に当てる、つまり自分を磨く時間として、心身ともに充実した形で仕事に、向かってほしいとの考え方でした。
他の企業が週休2日制を取り入れたのは1980年のことでしたが、制度として取り上げただけでなく、「1日休養、1日教養」の発想は、他からは聞かれることはありませんでした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕