金言の真理51「偉大なるワンパターン」4

テレビ時代劇「水戸黄門」のスポンサー側(松下電器産業)のプロデューサーであった逸見稔さんは、1980年に宣伝事業部長を最後に松下電器産業から独立して、テレビ時代劇を中心に制作するプロダクションを立ち上げた、という話を、これまで書いてきました。

テレビ時代劇は、銭形平次にしろ桃太郎侍にしろ暴れん坊将軍にしろ、ワンパターンの形があって、それが見ている人を安心させる要素となっていますが、その究極の形が「偉大なるワンパターン」と呼ばれる「水戸黄門」でした。

ワンパターンの形があるテレビ時代劇の多くは小説の原作があり、それを台本にして時代劇が制作されていました。その原作の小説の中にワンパターンの見慣れたシーンがあるわけではなくて、それは台本を書く作家と時代劇のプロデューサーが考え出しています。

これに対して、「水戸黄門」の場合には江戸時代の講談で有名になった「水戸黄門漫遊記」を原案として、明治・大正・昭和初期に時代劇映画が盛んに作られました。

テレビ時代劇「水戸黄門」は、講談や時代劇映画を原作にするのではなくて、まったくのオリジナルで台本が作られました。

通常の時代劇では原作者と台本作家がいますが、テレビ時代劇「水戸黄門」の場合には原作者として葉村彰子(はむらしょうこ)が表に出されています。これは共同ペンネームで、その中心となっていたのが逸見稔さんです。

私が台本の勉強をさせてもらったときにも、書籍の『新作水戸黄門』の原稿を書くときにも、制作に使われた台本を受け取りに行ったのはオフィス・ヘンミでした。

他のコラムで、葉村彰子の偽物の女性に会ったことがあると書きましたが、即座に偽物とわかったのは、こんな事情があったからです。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕