表町学4 教えながら学ぶこと

岡山自主夜間中学校については前回(表町学3)、概要を書きましたが、岡山自主夜間中学校との関わりのきっかけは栄養学の授業でした。岡山自主夜間中学校では週3回の授業があり、土曜日には45分間の特別授業(一斉授業)も行われています。

その一つとして、月に1回、健康の維持と学習を継続するためには必要な知識ということで、栄養学を担当していました。

一斉授業ということで、生徒も講師も参加していて、漢字が読めない人もいるということで、話す内容と伝え方については初めから苦労(というか戸惑い)があり、どんな授業をしても誰にも充分には伝わらないのではないかと感じていました。

そこで選択授業に切り替わったのですが、選択といっても少なくても3〜5人ほどはいて、生徒と講師が同席しているので、今回はよい話ができたと思ったことはありませんでした。

それでも通常の講習のように、用意したものを時間内に話をすればよいわけではないことから、工夫が必要で、その工夫も通じないことがあって、準備段階から新たなことを考え、また新たな学びを毎回経験してきました。

教える側が学ぶ側になってみて、教え方によって理解度が違ってくることに気づいて、教えるときの工夫が必要であることがわかる、その工夫によって雰囲気のよい学習の場になっていく、ということです。

このことは「教えながら実は学んでいる」と評されることはあるのですが、最近では教えているという意識は消えていて、授業は学ぶための手段であって、私が最も学ばせてもらっているという“生徒”のような気持ちにもなっています(古希が過ぎたというのに)。

その先のこととして考えているのは、学ぶ側が教える側になってみることで、いかに教えることが大変なのか、学ぶ側の反応が教える側のモチベーションにも影響があり、学習の成果が違ってくるということに気づくことができます。

これは立場を変えなくても得られるメリットで、お互いの立場を理解して学びの場にいることで、よりよい学びの場にしていくことができる可能性が岡山自主夜間中学校にはあると感じています。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕