金言の真理85「将軍の馬」2

「将軍の馬」の金言たるところを説明するために、「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」という似ているようでも全く違っている諺(ことわざ)を引き合いに出して話を進めてきました。

そして、前回(金言の真理84)の最後に、「将軍の愛馬の葬式には多くの参列者が来るが、将軍の葬式には人が集まらない」という皮肉な状況を示す言葉だと紹介しました。

これは時の権力者の周りには呼んでもいないのに多くの人が押し寄せてくるのに、権力の座から滑り落ちた途端に集まる人が激減するということと共通することで、そのようなシーンを数多く見てきました。

政治の世界では、滑り落ちた権力者のもとに人が集まらなくなるだけでなく、集まってきていた中の1人もしくは複数が“音頭を取って”、すでに集まっていた人たちを引き連れて次の権力者の座を狙うというのは当たり前になっています。

「将軍の馬」の葬式に多くの人が集まるのは、実は次の権力者のもとに集まるための儀式のようなものだったということもあります。権力の座から滑り落ちるのを防ぐための対策の会議の場だったはずなのに、引き摺り下ろすための“腹の探り合い”の場であったということも、その場にいて体験したことがあります。

“今太閤”(現代版・豊臣秀吉)とまで呼ばれた国のトップの私邸に出入りして“錦鯉の世話係”という役割をもらっていたときに知り合った方々が、引き摺り下ろしを扇動して、派閥まで引き継ごう(強奪?)としていたことに後で気づいたという話です。

その“今太閤”は、すでにトップではなかったものの“キングメーカー”の立場でしたが、その役割からも引き摺り下ろして、国にトップに就くことになりました。

このような嫌な世界の出来事は、できれば見たくない、聞きたくもないとは思っていたものの、今でも後追い情報が伝わってきて、そのたびに「将軍の馬」という言葉を思い出してしまいます。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕