持続可能な社会の手本は、我が国では江戸時代に始まりました。
江戸時代の日本は、鎖国政策によって海外との輸出入が極めて限られており、日常生活に必要な食料や生活物資などを国内で賄っていました。
食品は徒歩で行き来ができる地域で収穫されたものを手に入れ、これを加工して食べるのが当たり前のことでした。食品を料理するときには野菜にしても魚にしても、調理ゴミとして出たものは廃棄の対象ではなく、次の食品を作るための肥料に使われました。
農家では廃棄物を、そのまま肥料に回すことができましたが、都市部で出た廃棄物は野菜を運んできた農家が肥料として持ち帰るというリサイクルが普通に行われていました。
野菜を束ねるための藁(わら)も捨てられることなく、これもリサイクルされて肥料となりました。そのために市場では、リサイクルに回されるものを集めるために、綺麗に掃除がされていました。
食品を食べると体内で代謝されて、消化、吸収、蠕動運動、排泄という流れとなっていきますが、排泄されたものも重要な肥料となりました。排泄物は水に流して捨てるものではなく、厠で集められ、小便も大便も重要な肥料として活用されました。
日常的な着物もリサイクルされ、何度も使ってボロボロになった布も繊維にして使っていました。繊維になったものは、煮られて、紙漉きのようにして布にされました。
布の材料の天然繊維は、植物繊維(綿、麻)、動物繊維(絹、羊毛など)だけの時代は、使用した分は、それぞれの成長によって補われてきました。
これを超える使用は、不足させることになるだけに、「足るを知る」という消費が身についていた時代です。
「足るを知る」は、中国の思想家・老子が書いたとされる「道徳教」の一節「知足者富」に登場する言葉です。物質的な豊かさ・満足感だけでなく、自分の置かれている現状に満足して、周りへの感謝を忘れない内面の豊かさを示す言葉といえます。
身分相応で、必要以上のことは求めない生活は、決して貧しいこと、不便なことを受け入れることを強要することではなく、現状を知り、工夫を重ねて、限られた資源を無理なく無駄なく活かし、よりよい環境を次世代に伝えていくことを、ほとんどの人が知っていた時代であったといえます。
〔小林正人〕






