「井戸を掘った人」を金言として扱ってよいのかということは以前から言われていたことで、そのようなことを口にする人は、正しいのは「井戸を掘った人を忘れない」と声高に言ったりします。
「井戸を掘った人」をネット検索すると、その検索ワードではなくて、「井戸を掘った人を忘れない」が出てきます。
「井戸を掘った人を忘れない」というのは、中国の故事に由来する言葉で、中国では「飲水思源」が言い伝えられています。「水を飲むものは、その源に思いを致せ」という意味で、ここから広く解釈されて、「井戸の水を飲むときには、井戸を掘った人の苦労を思え」という意味で使われています。
この故事を引き合いに出して、世界の首脳が集った乾杯の席で「酒を飲むときには、産地のことを思い描いて」という勘違い甚だしいことを我が国のトップが発言したときには、ひっくり返りそうになってしまいました。
そのときに出された酒は、国際会議が行われた開催された沖縄県のものではなくて、トップの出身地の北陸の日本酒でした。
「井戸を掘った人を忘れない」という言葉が国内で知られるようになったのは、日中国交正常化(1972年)の際に、周恩来首相が田中角栄首相を迎えた際の言葉でした。
もちろん中国語で言って、それは通訳によって「井戸を掘った人の苦労は忘れない」と訳されて、それは国内のニュースでも伝えられました。
その歴史的な出来事と金言を「産地のことを思い描いて」と発言した人が知らないわけはないと思いたいのですが、言葉の意味だけではなく、金言の真理も伝わっていないことを憂いて、お題として取り上げてみました。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕






