私が住んでいる岡山県は、地震の直接的な被害が少ない地域として知られています。
阪神・淡路大震災(1995年1月17日)では岡山市は震度4でした。
今後30年以内(2025年1月現在)に70〜80%の発生確率とされる南海トラフ地震では岡山市は震度6強と予測されていますが、瀬戸内海の構造(四国が大きな防波堤)のおかげで巨大津波に襲われることがない“比較的安全な地域”と考えられています。
私が岡山に移住してきた2017年4月以降、地震はあっても震源地からは遠く、また大地震があったとしても岡山県は大きな岩盤の上にあるので、大きな被害がないと言われてきました。
島根東部の地震(2026年1月6日)は“久し振り”に大きな揺れを感じたものの、震源地は山陰地域で、岡山は山陽と離れていたので震度4でした。住んでいるのは岡山県でも東側ということもあって、測定された地域の震度は3でした。
地震の被害として地域では家屋の崩壊もなく、避難所が開設されることもありませんでした。住まいの裏側は避難所に指定されている公立中学校でしたが、いまだに見学以外で行ったこともありません。
しかし、避難したくなるようなことが私自身には起こりました。
住んでいたのは築25年の安普請の借家の集合住宅で、以前から隙間風がある状態で、夏は冷房を入れても暑い、冬は暖房を入れても寒いということで、訪れた知人は「外に暮らしているようなもの」と冗談混じりで言ったくらいです。
それでも以前は暖房を入れっぱなしなら室温は20℃に達していて、工夫をすれば通常の寝具で耐えられました。
地震後の建物の見た目は特には変化はないものの、暖房を入れっぱなしでも夜中は10℃ほどの室温で、寝ている間に寒さのために目が覚める、そこから先は眠れなくなるということが2週間ほども続いています。
その原因は建物の傾きで、工夫をしても通じないという、まるで被災者のような状況になっています。どんな工夫をしているのかは次回(日々邁進19)に続きます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕






