糖尿病の倫理1 糖尿病の家系

「糖尿病の家系」という言葉を初めて聞いたのは、いつだったのかは定かではないのですが、おそらくは私が中学生の時ではないかと思います。

親戚縁者が集まる場(法事か何か)で、神妙な顔で儀式を終えた後の食事のときに、お酒が入って場がくだけたところで、「糖尿病の家系だから控えないといけない」という声があがりました。

その声は、確か叔母(父親の姉)で、父親の呑み過ぎ(過度の飲酒)を注意してのことだったのだろうというのが初めの印象でした。ところが、宴席に限らず、お酒が出るところでは叔母からだけでなく、他の近しい方からも「糖尿病の家系」という言葉が常に出るような状態でした。

その言葉が最も向けられていたのは、私の父親でした。

父親は体格がよい(プラス表現)と長らく言われていましたが、太っている(マイナス表現)と言われるようになったのが40歳になってからで、その年に糖尿病と診断されました。

私は父親が25歳のときに生まれているので、中学3年生のときに「糖尿病の家系」ということを意識することになりました。

叔母に会ったときに「糖尿病の家系」の意味を聞いたところ、父方の親族では祖父は糖尿病で、祖母は糖尿病ではないものの血糖値が高く、他にも糖尿病で苦しんだ人が多いということでした。

中学3年生で、糖尿病の知識を得る機会は少なかったはずですが、父親の蔵書には糖尿病の書籍が何冊かあって、家にあった百科事典(シリーズの全書)でも糖尿病の項目がありました。

父親が糖尿病の教育入院をした公立病院の看護婦さんが、父母の知り合いの娘さんだったこともあって、知りたがりの私に看護師さんだけでなく、そのご主人の検査技師さんも、また担当医も、いろいろ教えてくれました。

そのときに聞いたことで記憶に残っている言葉も「糖尿病の家系」でした。父親も親戚縁者にも糖尿病の人が多いということを父親の問診の結果から知って、その家系である私にも遺伝する可能性があるということで、言ってくれていたようです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕