日々邁進30 業界出向のきっかけ

業界出向の話が私にあったときに、理解しやすかったのは2つのルートで厚生省時代から関わりがあったからです。

厚生省の本省(霞が関)には専門官として栄養士・管理栄養士が所属していましたが、そのほとんどは国立病院からの出向でした。

私の臨床栄養の師匠は、国立病院の中でもトップとされる国立病院医療センター(現・国立国際医療センター病院)の栄養管理室長を最後に独立(退職)して、HDS(病院栄養管理)研究所を設立しました。

また、日本栄養士会の理事長、日本臨床栄養協会の副会長、国立病院栄養士協議会の会長などを務めていました。

厚生省(〜2000年)、厚生労働省(2001年〜)の栄養専門官は、師匠の後輩という関係もあって、健康・栄養行政の審議などに参加していました。

私はHDS研究所の主任研究員でもあったことから、栄養専門官との付き合いはあったのですが、それ以外にも叔父が日本社会事業大学の学長を務めた社会福祉学者であることから福祉関連の部署とのつながりもありました。

これは業界出向として厚生労働省に通う直接的な要因ではなくて、最も大きかったのは大蔵省の厚生省担当(厚生班長)が、たまたま私の知人の大学の同期であった関係から、予算についても情報を得るようになっていました。

2001年の中央省庁再編は、合併する省庁が増えることによって予算担当の部署が大忙しになることは予測されていたのですが、全体予算を取りまとめる財務省も中央省庁再編によって、さらに大忙しになることはわかっていました。

中央省庁再編は合併(厚生労働省=厚生省+労働省)の他に分割もありました。その代表的なところは大蔵省で、財務省と金融庁の2つの省庁となりました。

それが、どのように私と関わってくるのか、その中で私が「ビール券の小林」と厚生労働省の中で呼ばれるようになったことについては、別の機会に書ければと思っています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕