“シェア×シェア”の考え方をしていれば、継続させることができると認識していましたが、それが通用しなかったことがあります。
通常の予測と対応であれば、そこに参加する人の心変わりがあったり、心変わりをする以前に異なる考えをしているのに隠していた、ということでもなければ、悲劇的な結果にはならないはずです。
これまでの経験の中で、継続の仕組みがあっても通用しなかったのは、新型コロナウイルス感染症による大混乱の影響を誰もが受けたコロナ禍の3年間でした。
身近なところでいうと、東京から岡山に移住するときに、それまでの活動は、すべてバトンタッチして、遠くかられたところからでもアドバイスをすれば続くようにしてきたつもりです。
そして、東京を離れる前に、それぞれの方と最後のミーティングをしたときのこと、ほとんどの方が「東京に帰ってくることがあれば仕事を返す」もしくは「岡山で困ったことがあれば戻ってきて一緒にやろう」と言ってくれました。
ところが、コロナ禍にあって、やりたいこと、やれることが極端に制限されて、東京に戻ることも考えて、一人ずつ連絡をしていったところ、誰からも返してもらえず、また一緒にやろうという仕事も出てくることはありませんでした。
シェア(Share)の考え方で渡してきたことが、受け取ったときには自分のものという感覚になることはあり得ることです。それがコロナ禍で部分的な独占が起こり、さらに全体の独占(モノポリー:monopoly)になっていくことは、大混乱の中では仕方がないことです。
独占的であっても、状況が変われば徐々に緩和されていくことの期待はあったものの、3年間の苦しさは閉鎖的になり、そこから排他的になっていって、コロナ禍が明けてからも、戻ってくることはありませんでした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕






