金言の真理122「お前はお前で丁度よい」3

良寛和尚の句「散る桜 残る桜も 散る桜」は、桜の散り際の印象もあって、辞世の句として伝えられることがあるのですが、それは事実とは違っています。

似たような印象が与えられるものに「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」という歌があります。

これは親鸞聖人が得度をされるときに詠んだと伝えられていて、「明日があると思い込んでいる気持ちは、いつ散るかもしれない儚い桜のようだ。夜に嵐が吹こうものなら、もう見ることはできない」との心境を表しています。

良寛和尚と親鸞聖人の詩が混同されることがあるのは、ここが関わっているからかもしれません。

良寛和尚の辞世の句として一般に伝えられているのは「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」です。この句は、良寛和尚が晩年期に和歌を通じて交流を続けた弟子の貞心尼が、和歌のやり取りをまとめた歌集『蓮の露』の中に、良寛和尚の言葉として書いているものです。

高齢となり、死期が迫ってきた良寛和尚のもとに貞心尼が駆けつけると、「いついつと まちにし人は きたりけり いまはあいみて何か思わん」と詠み、最後に「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」と言って亡くなったと書かれています。

その意味として伝えられているのは、「自分の悪い面も良い面も全てさらけ出した。それを受け止めてくれた、あなたに看取られて旅立つことができる」ということで、良寛和尚らしい丁度いい言葉と解釈と考えられています。

これは辞世の句のように伝えられていますが、別の見方もされているのです。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕