名言は正しい意味で伝わってこそ金言となるもので、意味が違っていたら、どんなに奥深い言葉であっても金(きん)をつけて呼ぶことができなくなってしまいます。
その代表とも言えるのが、「情けは人の為ならず」です。
本来は、「情けは他人のためだけではない、いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくるのだから、誰にも親切にせよ」というのが本来の意味であるのに、逆に伝わっていることが多くなっています。
どれくらい多いのかというと、文化庁の「国語に関する世論調査」では、正しい理解(人に情けをかけておくと、巡り巡って結局は自分のためになる)をしている人は47.2%で、誤用(人のために情けをかけて助けてやることは結局は、その人のためにならない)している人は48.2%と、わずかであっても誤用のほうが上回っています。
逆に伝わっているというのは、「人の為ならず」を人のためにならないと解釈をしていることを指しています。
「人の為(に)なる+ず(打ち消し)」と考えて、他人のためになることではないと誤って覚えてしまったということです。
「ならず」は「に非ず」の音便(言葉を発音しやすくするために、単語の中や語尾の音が変化する現象)で、中世から続く日本語の伝統的な使い方です。
本来の意味合いは、「人の為なり」という断定の言葉に打ち消しの「ず」が結びついたもので、「他人のためではない」ということから「自分のためになる」という意味になります。
人の為にならないということを表現するのであったら、「情けは人の為なるべからず」としなければいけないのです。
少なくとも、その人のためにならないのだから情けはかけてはいけない、放っときましょう、という意味で使うようなことだけは避けなければならないことです。
「情けは人の為ならず」は、他人のためではなくて、自分のためになるという正しい使い方をしたいものだ、ということですが、「情けは他人のためだけではない、いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくるのだから、誰にも親切にせよ」という本来の意味について、それでよいのだろうかとも考えています。
情けをかけることが結局は自分のためになるとはいっても、情けをかけられた人が情けだと思っていない、かえって迷惑(ありがた迷惑)と感じているという人が多くなってきた時代には“情けのリターン”を期待するのは難しくなっています。
情けまではいかなくて、小さな親切であっても余計なことと感じるコミュニケーション遮断をする人がいます。そんな人から言われたことで、今でも鮮明に記憶に残っているのは「小さな親切、大きなお世話」です。なかなか、うまいことを言っているな、とは思うものの、面と向かって言われたときは本当にショックを受けました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕






