金言の真理153 「阿吽の呼吸」4

言葉を交わさなくても意思が通じることを意味する「阿吽の呼吸」は、本来なら息を合わせる(呼吸を一緒にする)ことをしなくてもよいはずです。

とは言いながらも、力を合わせて同じ結果に導くためには、息を合わせることは有効となります。

その言葉として、よく使われるのは「せいの」(せーの)です。同時に発言したり、同じタイミングで同じことをする前に、息を合わせるといったシーンで使われます。

地域や年代などによって最も浸透している言葉は違っていて、「いっせいのせ」や「いっせーのーで」、「せーの、で」といったものもあります。

どこで始めるのか、力を入れるのかは、それぞれの地域の人でないと感覚的にわからないことがあり、別に掛け声でなくて、同じ掛け声であってもタイミングが合わないことがあります。

息が合わないと、力を入れるタイミングがわからずに、大事なものを持ち上げられない、落としてしまうことにもなります。

息を合わせるというのは呼吸の吐くか吸うかのタイミングも合わせることで、最も力が入るのは口を開いて息を吐いているときではなく、口を閉じて息を止めるときです。

「阿吽の呼吸」で表現するなら、力が入るのは口を閉じている吽(うん)です。武道の世界では、相手が息を吐く阿(あ)のタイミングで攻めることが重要とされています。逆にいうと、阿で攻められないように、相手の呼吸を読みながら吽で受けて、また吽で攻めるということです。

これは身体での戦いに限らず、言葉での戦い、心理戦などでも重要となることで、「阿吽の呼吸」は味方が呼吸を合わせると同時に、敵(戦う相手)との駆け引きにおいても重要な言葉、つまり金言に値するキーワードと考えられているのです。
〔小林正人〕