「騙される側でよかった」というのは母親の遺言のような一言です。
その前につくのは「騙すよりも」で、騙すくらいなら騙されるほうがいいという人生訓なのでしょうが、それは“明日は今日より美しい”という言葉が通じた昭和の時代の感覚かもしれません。
昭和から平成の30年間を経て、令和も8年となって、“今も通じるのか?”と思うことがあります。それは、自分の行いは正しいことだと思って、周りに悪影響を与えているのに、それに気づかずに続けている、決して改めようとしない人が増えすぎているからです。
このような正しいと思ってやっていて、まるで罪を犯したのと同じような結果となることが“確信犯”の本来の意味です。
確信犯はテレビドラマでもテレビ報道でも、よく出てくる言葉ですが、間違って使われることがあります(中には間違っていないと確信して使っている人もいるようですが)。
確信犯は「信念に基づいて正しいと信じてなされる行為・その行為を行う人」のことで、こちらが正解です。
ところが、「悪いことであるとわかっていながらなされる行為・その行為を行う人」との間違った解釈をしている例が多くて、文化庁の調査でも約70%が間違っていました。
確信犯は、世間が言い訳と感じることを、何も間違っていない、正しい主張を言っているだけと確信しているので、どんな指摘をしても通じてくれません。
よく名言として登場する「信じる者はすくわれる」は、本来は“救われる”という漢字が当てはめられます。ところが、“掬われる”でないと意味合いが違っているのではないかという例が、あまりに多くなっているように感じています。
これについては次回で実例を書き残すつもりです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕






