予算にない仕事7 臨床栄養×健康食品

私が臨床栄養の民間のHDS研究所の主任研究員になった1986年は、国の栄養補助食品規格基準が始まった年と重なりました。

これは栄養補助食品を販売する際に、国によって定めたビタミンやミネラルなどの成分の条件や規制のことです。HDS研究所は病院出身の管理栄養士、医師、医学博士、大学教授などが中心メンバーであったので、その分野では専門家ばかりでした。

私は団体の事務局、広報活動が主な役割として参加するように声をかけられたので、病院給食と栄養補助食品(当時のイメージではサプリメント)では違いがあっても、私が踏み込む分野ではないと思っていました。

病院給食は必要な栄養素が確実に摂れているので、退院後に家庭に戻ってから食事で不足する栄養素を補助するために栄養補助食品を使うという消極的な発想でした。

栄養補助食品は、そういった認識で間違ってはいなかったのですが、栄養補助の範囲ではない医薬品のような効能効果を期待させる健康食品が次々と登場してきました。「健康食品は病院給食の敵」と、HDS研究所のメンバーだけでなく、日本臨床栄養協会の医師や管理栄養士・栄養士も公然と口にするようになっていました。

効能効果の言い過ぎなどを取り締まる「無承認無許可医薬品監視指導マニュアル」が当時の厚生省から発表されたのは1987年のことでした。

病院給食の敵というのは、退院後の患者に頑張って栄養指導をしても、例えば血糖値を下げるお茶を飲んでいる、血圧を下げる健康食品を摂っているといって言うことを聞かない患者が増えてきたことが関係しています。

健康食品は効能効果がないと言ってきたのに、1991年に特定保健用食品制度ができて、食品であっても機能性が確認されたものは特定保健用食品(トクホ)と認められて、販売できるようになって旗色が変わってきました。

その後も外圧からサプリメントの規制が緩和されることは、当時の厚生省に出向していた国立病院出身の管理栄養士から情報を得ていました。
その情報から、健康食品を敵視するだけでなくて、味方に引き入れる、少なくとも敵として排除するばかりでない関係性を持つことが必要との考えも浮かび上がってきていました。

そんな時代の流れがあったことから、先駆けて(先走って?)、臨床栄養の世界に身を置きながら健康食品の研究をしてきたことが、私だけでなく研究所のメンバーにも臨床栄養の世界にも役立つ機会があることが見えてきました。
〔小林正人〕