“幸先”の次には“良い”が続いて、「幸先が良い」というのが当たり前の使い方で、このほかの使い方はないはずですが、今は「幸先が悪い」ということを平気で口にする人がいます。幸先を物事の始まりという意味だと考えて、初めによくないことは起こることを指しているようです。中には、事を始めるにあたって先行きが不安になるという意味で幸先が悪いという使い方をする人もいます。
間違った言葉でも世間で使われ続けているうちに、だんだんと馴染んできて、当たり前のように使われるようになることがあるのは認めるものの、やはり幸いの先なので、良いことが続いてほしいというのは普通の感覚です。コロナ禍でよくないことばかりが続いている世の中で、一生の宝物であるはずの健康も自分や家族に限らず、国民的に低下しているような状況では、少しでもよいことがあったら、これを幸先として次に大きな良いことが始める兆候と考えるようにしたいところです。
前置きが長くなりましたが、今回の「日進月報」は日進月歩の一文字を変えただけで、月報は月ごとに活動の成果を報告するものです。
日進月歩は日々進化し続けることで、四字熟語の意味を先に出して、元の熟語を当てる問題を出したところ、「スマホ」と答えた人がいました。ここまで進歩したら、もう進歩することはないだろうと、いつも感じていて、それが違っていたことに、すぐに気づくということが続いています。
日進月歩は、よいことが絶え間なく続いて進歩するということで、進歩というよい意味のことだけが続くというように使いたいのですが、そのためには1か月で、どこまで進んだのかを確認するのが月報です。そして、次の1か月の目標を立てて、大きく低下した健康度を高めていくようにしたいという気持ちを込めて、少々強引ではありますが、「日進月報」という言葉を使いました。






