「出雲ぜんざいの日」出雲観光協会が、ぜんざい発祥の地とされる出雲地方では旧暦の10月を神在月と呼んで、神在(じんざい)もちを振る舞ったことから神在月(出雲以外では神無月)の10月で、ぜん(10)ざい(31)の語呂合わせで制定。
「てん菜・てん菜糖の日」JA北海道中央会が、てん(10)さい(31)の語呂合わせで制定。
毎月31日:「菜の日」(ファイブ・ア・デイ協会)
「出雲ぜんざいの日」出雲観光協会が、ぜんざい発祥の地とされる出雲地方では旧暦の10月を神在月と呼んで、神在(じんざい)もちを振る舞ったことから神在月(出雲以外では神無月)の10月で、ぜん(10)ざい(31)の語呂合わせで制定。
「てん菜・てん菜糖の日」JA北海道中央会が、てん(10)さい(31)の語呂合わせで制定。
毎月31日:「菜の日」(ファイブ・ア・デイ協会)
時間泥棒の被害に遭うのは、重要度と緊急度の認識の違いによることがあります。重要度の認識が同じであれば、一緒に活動できるはずなので、この活動のために時間がかかっても、それは必要な時間です。
同じ重要度の高いことであっても、急いで対処することがあるときには、他のこと(重要度が1番でないこと)を止めても力を注いでいくことが求められます。
ところが、重要度と緊急度の認識が違っていると、片方は重要で緊急だからと時間をかけていても、もう一方は重要と思っていない、緊急と思っていないということだと、片方は自分が頑張っているのに平然とした顔をしていると判断して腹を立てることになり、もう一方は何を急いでやろうとしているのか理解できないということにもなります。
重要性と緊急性については4つに分類して優先順位がつけられるのが通常のことです。
〔A〕重要度が高く急ぐ必要があること
〔B〕重要度は高いが急がなくてよいこと
〔C〕重要度は低いが急ぐ必要があること
〔D〕重要度が低く急がなくてよいこと
第一に取り組まなければならないのは重要性と緊急性がある〔A〕であるのは当たり前のことで、重要性はあるものの緊急性がないことは〔B〕とされます。
通常は〔A〕の次は〔B〕であるはずなのに、重要でないのに急ぐ必要がある〔C〕、例えば苦情処理のように手間ばかりかかる雑多な仕事を先にしなければならないことが起こります。
そして、重要度が高くはなくて急がなくてよいことの〔D〕は削除対象になり、これに力を注ごうという人は少ないはずです。共通認識があれば、お互いが、このような判断をしてスムーズにいくことになるのでしょうが、認識が違っていると、どんなことであっても〔D〕と認識されがちです。
〔A〕だと思ってやっていることを〔D〕だと判断されたら、自分にとっては時間泥棒をされたことになります。そのようなことにならないように確認をしてから進めていても、後になって判断を変えたり、他に重要だと考えていることが生じたからといって、これまでの〔A〕〔B〕がすべて〔D〕にされてしまうこともあります。
自分は時間泥棒をされたと思っていても、相手は何とも思わないということもあって、これが一緒に組んで進むことができない原因になることも少なくありません。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕
「念頭」は心の中の思いという意味があり、頭に入れておくということから、「念頭に入れる」という使い方をする人がいます。これは誤用であって、正しい使い方は「念頭に置く」です。
なぜ、誤用をされるようになったのかというと、「頭に入れる」と混同した結果だと考えられています。「頭に入れる」は、大事な事柄を頭の中に入れて、しっかりと記憶していくことを指しています。
「念頭に置く」は、忘れないように常に心がける、常に考えているという意味があって、心の中の「念頭」の位置に置いておくことで、忘れないようにするということです。つまり、念頭に置いたら、それは忘れることがないということになります。
「念頭に入れる」だけだと、出し入れが自由ということになって、忘れることもあります。それでは念頭の本来の意味合いとは違ってしまいます。
「念頭に置く」という正しい使い方を知って、今後は誤用がないことになるのかというと、さらに誤った使われ方がされることがあります。それは「常に念頭に置く」という慣用句です。
「念頭に置く」は、忘れないように常に心がける、常に考えているということなので、その前に「常に」や「いつも」をつけることは、意味を重ねていることになります。
もう一つ注意をしておきたいのは、「念頭」は心の中の思いであって、単に記憶することではありません。記憶は頭の中に入れることであって、本当に入れておきたいのは「思考の中」、「胸の内」です。
そこまで刻み込んだら、絶対に忘れることはないということで、それだけの意識(覚悟)をもって「念頭に置く」という言葉を使うべきです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から脂溶性ビタミンのビタミンKの「消化、吸収、代謝」を紹介します。
〔消化、吸収、代謝〕
生体では、食事から摂取されたビタミンKと、腸内細菌が産生するメナキノン類との両方を利用しています。
しかし、腸内細菌が産生するメナキノン類は、その腸管吸収機構やビタミンK栄養状態への寄与の程度は不明です。
そのため、食事摂取基準では腸内細菌によって産生されるビタミンKは対象外として、経口摂取されるビタミンKだけを対象としました。
なお、肝臓以外の組織では、メナキノン-4のみ利用が可能なため、メナキノン-4に酵素的に変換してから利用されます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から脂溶性ビタミンのビタミンKの基本的事項の「機能」を紹介します。
〔機能〕
ビタミンKは、肝臓においてプロトロンビンやその他の血液凝固因子を活性化して、血液の凝固を促進するビタミンとして見出されました。
ビタミンKの古典的作用は、肝臓において血液凝固因子にカルボキシ基を導入する酵素γ-カルボキシラーゼの補酵素作用ですが、最近、骨など肝臓以外におけるビタミンK依存性たんぱく質の意義が注目されています。
具体的には、ビタミンK依存性に骨に存在するたんぱく質オステオカルシンを活性化して、骨形成を調整すること、さらにビタミンK依存性たんぱく質MGP(Matrix Gla Protein)の活性化を介して動脈の石灰化を抑制することも重要な生理作用です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
日本メディカルダイエット支援機構のホームページの最新情報は、2025年10月30日で9000本になりました。
8888本に達したら、毎日のアップの数を減らして、最後の目標である1000日実践の完了日を目指すことにしていました。
1000日実践というのは、これと決めた目的を達成するために、同じことを1000日間続けて、運命を変えることに取り組もうというもので、さまざまな団体などによって提唱されています。
私に1000日実践を決意させるきっかけをいただいた先輩の指導を受けた日から、1000日目というと2026年7月19日で、年齢では71歳と3か月ほどになります。
1000日という期間は、10年に渡って最新情報に原稿を続けてきた経験からすると3年ほどの期間なので、それほど難しくはないだろうとの感覚でしたが、実際に始めてみると、自分の本音を書くこともあって、思った以上の時間と精神的な負担がかかっています。
かといって、内容はなんでもよいというわけにはいかないので、それなりの内容と本数を勘案して、もう一つの目標を考えました。それは1000日目に、最新情報が10000本になっているということです。
ということで、あと9か月と19日で、1000本のプラスなら、健康でいれば、気力があれば、ネット環境が崩れていなければ達成は可能な本数です。
その目標達成のために、文章作成・更新のWordPressを最新版にアップさせました。といっても、裏側のシステムのことなので、お金と時間をかけてのアップなのに、ホームページの見た目は以前と変わらないままです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
「香りの記念日」石川県七尾市が、1992年10月30日に開催された世界の香りフェアIN能登を記念して制定。
「リラクゼーションの日」日本リラクゼーション協会が、総務省の日本標準産業分類にリラクゼーション業(手技を用いるもの)が新設された告示日の2013年10月30日にちなんで制定。
「たまごかけごはんの日」日本たまごかけごはんシンポジウム実行委員会が、第1回シンポジウムの開催日の2005年10月30日にちなんで制定。
「健康に役立つ咀嚼の日」小西デンタルクリニック(大阪府泉大津市)が、10月は食欲の秋で、健康のためには一口30回噛むことが推奨されていることから制定。
毎月30日:「EPAの日」(日本水産)、「サワーの日」(宝酒造)、「みその日」(全国味噌工業協同組合連合会)
金言のテーマとして相応しくないのではないか、との声が出そうですが、これはテレビ業界では「偉大なるワンパターン」は金言扱いを超えて、金言そのものとして使われています。
もちろん、単なるワンパターンで、お笑い芸人が同じギャグを言い続けて、その場の笑いを取ればよい、というのとは異なっています。それは、あまりよい表現ではないのですが、マンネリとか馬鹿の一つ覚えと言われる状態です。
ワンパターンは、変化や新鮮味がなくて、代わり映えのしない、工夫がないことを表す和製英語で、登場したときには若者言葉として紹介されていました。
今では新たな言葉は「新語・流行語大賞」にノミネートされることで認められたものとして記録されますが、以前は「現代用語の基礎知識」に掲載されることで世間に認められと認識されていました。
ワンパターンが掲載されたのは1980年版でした。「新語・流行語大賞」が始まったのは、その4年後の1984年のことです。
現在の「新語・流行語大賞」はユーキャンが運営(2004年から)していますが、それ以前は「現代用語の基礎知識」の発行元の自由国民社が運営していました。「現代用語の基礎知識」に掲載される(予定も含む)言葉の中からノミネートされて、その中から「新語・流行語大賞」のトップ10と年間大賞が選定されていました。
ここまではワンパターンという言葉の説明であって、お題の「偉大なるワンパターン」については、次回(金言の真理49)から触れていくことにします。
その話の始まりは、「偉大なるワンパターン」の代名詞とされるテレビ時代劇「水戸黄門」です。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕
“正念”という言葉を使って書こうと考えたきっかけの一つは、私が大学生の時から今に至るまで一部の人たちに呼ばれ続けている俗称と同じだったからです。
その俗称は「正念さん」で、一部の人というのは真宗在家門徒会のメンバーです。このメンバーは、東洋大学でインド哲学を同時期に学んだ13人です。初めて在宅門徒の集まりに参加したのは大学2年生の時だったので、今から50年も前のことになります。
真宗は浄土真宗のことで、その開祖(宗祖)は親鸞聖人です。
真宗在家門徒会のメンバーは真宗十派に属する寺院の息子や孫にして、跡取りではない立場の人(在校生と卒業生、中には中退の人も)が、在家門徒として学び続けようということで始めたものです。
私は母親の実家(新潟県出雲崎町)の運行寺(真宗大谷派)で生まれ、その後は父親の赴任地で両親と一緒でしたが、3歳の時から小学校に入る前まで親元を離れて寺院で祖父母と暮らしていました。
母親は次女であったので、いわゆる外孫に当たります。長女には男児が3人いて(私にとっての従兄弟)、その三男が私より1年前に生まれているので、世間的な序列では4番目ということになります。
それなのに、寺院で生まれたのも、親元を離れて寺院で暮らしていたのも私だけでした。そのおかげで、“三つ子の魂”に仏教の基礎的な感覚が刻まれることになりました。このことについては、後に詳しく書くことになると思います。
その寺院は日本海側の山の中腹にあり、遠景に佐渡島が見える位置にありました。そこから、それほど遠くない越路町に同じ宗派(真宗大谷派)の慈光寺がありました。慈光寺は、東洋大学の創立者の井上円了先生の実家として知られていて、祖父(運行寺の住職)と一緒に訪ねたことがあります。
本人としては記憶には残ってはいないのですが、モノクロ写真には慈光寺の前で祖父と並んで写っていたので、行ったことだけは間違いありません。
私が祖父と祖母から「正念」と呼ばれるようになったのは、慈光寺を訪ねた後のことで、それについて祖母から話を聞いたのは高校生の時で、寺院に行っていたときでした。
通っていた柏崎高校は父親の母校で、ここでも親元を離れていたこともあり、柏崎からバスで1時間ほどの出雲崎には月に1回は行っていました。
「正念」と呼ばれながら過ごした寺院での経験が、第一の“正念場”だったと感じたのは、東洋大学に通うようになって、真宗在家門徒会で自分の短い過去を振り返った時でした。
〔小林正人〕
大根は品種改良によって、見た目が大きく変わりました。これは長らく大根を店頭などで見てきていればわかることで、初めから今の主流の青首大根しか見ていないという人には理解しにくいことかもしれません。
青首大根が登場したのは1974年のことで、タキイ種苗によって甘くて柔らかくて形が一定、さらに病気に強いというF1種(一代雑種)として誕生しました。
青首大根の名称は、根の上の部分(葉がある方)の胚軸が薄緑色になることから名付けられたもので、日本には緑色のものを青と表現する伝統があります。なぜ薄緑色になるかというと、青首大根は胚軸が成長すると地表からせり上がる特徴があり、日光を浴びた部分が薄緑色に変化します。
登場したばかりのときには、青首の部分は短かったのですが、だんだんと長くなっています。これは農家の高齢化と関係しています。
青首大根が地表からせり出すことができるのは、全体的な形状がまっすぐだからです。以前の主流であった白首大根の三浦大根、練馬大根は中央部が膨らんでいて、せり上がりにくくなっていました。
中央部が膨らんだ大根は、女性の足にたとえられることがあったのですが、今では大根足といえば白くて、ほっそりとした良い形にたとえられるようになっています。
まっすぐの形状であって、さらに地表に出ている部分が長くなれば、それだけ抜きやすくなります。これが農家の高齢化に関係している部分ですが、流通面でも青首大根は優位となりました。
太さが同じなので、一定の長さになったときに収穫することで、一定の箱に入れて効率よく運ぶことができます。それ以前は太さ、長さが違っていて、箱に入れて流通させることが難しかったので、価格が安定しない野菜(根菜)でした。
この話は次回(食の不都合な真実15)に続きます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕