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「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から脂溶性ビタミンのビタミンKの基本的事項の「定義と分類」を紹介します。

〔定義と分類〕
天然に存在するビタミンKには、フィロキノン(ビタミンK₁)とメナキノン類があります。これらはナフトキノンを共通の構造として持っていますが、側鎖構造のみが異なります。

メナキノン類のうち、栄養上、特に重要なものは、動物性食品に広く分類するメナキノン–4(ビタミンK₂)と納豆菌が産生するメナキノン–7です。

フィロキノン、メナキノン–4、メナキノン–7は、ヒトにおける腸管からの吸収率や血中半減期がそれぞれ異なり、生理活性も異なると考えられます。

ビタミンK₁に比して、ビタミンK₂の効果が大きいことは報告されていますが、相対的な生理活性の換算は困難であるため、ビタミンKの食事摂取基準は両者を区別せず、両者の合計量として指標(目安量)を算定しました。

分子量のほぼ等しいフィロキノンとメナキノン–4については、それぞれの重量を、メナキノン–7はメナキノン–4相当量に換算しました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から脂溶性ビタミンのビタミンEの「生活習慣病の発症予防」を紹介します。

〔生活習慣病の発症予防〕
血中α–トコフェロール濃度と心血管疾患による死亡リスク、ビタミンE摂取量と脳卒中リスク、骨折リスクに関する報告があります。

しかしながら、食事由来のビタミンE摂取者に限定した研究報告は乏しく、また、その結果も十分に一致していません。

また、耐容上限量よりも低用量のビタミンE補給(300mg/日程度)であっても、出血性脳卒中リスクや、前立腺がんのリスクが上昇したとの報告もありますが、報告数は少なく、十分な科学的根拠は得られていません。

以上から目標量の設定を見送りました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「国産とり肉の日」日本食鳥協会が、国産とり肉のPRのために干支の10番目が酉であることから10月、肉(29)の語呂合わせで制定。

「トニックの日」花王が、育毛ト(10)ニック(29)の語呂合わせで制定。

「ドリアの日」ニューグランド(神奈川県横浜市)が、ドリアを考案した初代総料理長がスイスから来日した1927年10月29日にちなんで制定。

「てぶくろの日」東和コーポレーション(福岡県久留米市)が、て(10)ぶ(2)く(9)ろの語呂合わせで制定。

「ジビエ(獣肉)の日」サンセイ(大分県宇佐市)、宇佐ジビエファクトリー、日本ジビエアカデミーが、獣(10)肉(29)の語呂合わせで制定。

毎月29日:「ふくの日」(日本アクセス)、「クレープの日」(モンテール)、「Piknikの日」(森永乳業)、「肉の日」(都道府県食肉消費者対策協議会)

日本で赤ワインブームが始まったのは1996年のことで、最大に盛り上がったのは1997年から1998年でした。

その根底にはフレンチパラドックスの研究がありました。フレンチパラドックスは、フランス人は飽和脂肪酸が多い食事をしているにも関わらず、心臓病(中でも虚血性心疾患)に罹患することが比較的少ないという逆説的な観察を指しています。

虚血性心疾患は、動脈硬化や血栓で心臓の中の血管が狭くなり、心臓に酸素と栄養が行き渡らなくなり、前胸部などに痛み(いわゆる心臓の痛み)や圧迫感といった症状が生じる状態です。

動脈硬化の最大の原因は悪玉コレステロールとも呼ばれるLDL(低比重リポタンパク質)であることは広く知られていました。

食事療法で血液中のLDLを下げることは難しいことですが、赤ワインの健康成分はポリフェノールだということから“赤ワインポリフェノールブーム”と呼んだほうがよいかもしれないくらい、「赤ワイン=ポリフェノール」ということが浸透していました。

この時期は脂肪の過剰摂取で動脈硬化が増えていたこともあり、その当時の死因は心疾患が第2位でしたが、それは今も続いています。脂肪を減らすのか、動脈硬化を抑える効果があるものを摂ればよいのかという論議があり、楽な方法としてメディアなどでポリフェノールの摂取がすすめられるようになりました。

赤ワインの健康成分を摂るには何を選べばよいか、という発想をしてもらえばよかったのですが、飲酒習慣がない人が健康のために赤ワインを飲んで、かえって健康を害したということも多く聞くようになりました。

このことはメディアでも取り上げてもらったものの、それでも赤ワインが売れるほど飲酒による健康被害が増えるという困ったこともあったのですが、それでも赤ワインの売り上げが下がることはありませんでした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

糸などがもつれて絡まること、もつれることは「こんがらがる」と表現されることが多いのですが、これは誤用です。正しい使い方は「こんがらかる」と説明されても、納得できないという人は少なくありません。

辞書的にも「こんがらかる」が正しいのは間違いないことなのに、濁点(゛)がついた「こんがらがる」のほうが納得しやすい、しっくりとくるという人が多いのは、混同して、まさに「こんがらがっている」人の多さを示しています。

「こんがらかる」には、先の説明(糸などがもつれて絡まること、もつれること)のほかに、物事がうまくまとまらずに混乱するという意味もあります。

言葉づかいに厳しいNHKの放送用語委員会は、放送用語のレポートを発行していますが、その中でも「こんがらかる/こんがらがる」の使い分けの調査結果を報告しています。

糸を例にあげて、「こんがらかる」と「こんがらがる」のどちらを使うか(言うか)を質問しています。

その結果、「こんがらがる」を使う人が圧倒的に多いことがわかりました。このことが判明してから、「こんがらかる/こんがらがる」は誤用の代表例のように扱われるようになりました。

「こんがらかる」を使う 10%
「こんがらがる」を使う 78%
両方とも使うが「こんからかる」が多い 5%
両方とも使うが「こんからがる」が多い 5%
両方とも使わない 2%

「こんがらかる」「こんがらがる」のほかに、「こんぐらかる」という使い方(言い方)をする人もいて、辞書の中には「こんがらかる」の説明として「こんぐらかる」をあげている例もあります。

このことが、「こんぐらかってしまう」要因の一つとなっていると考えられているのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から脂溶性ビタミンのビタミンEの過剰摂取の回避の「耐容上限量の策定方法」の続きを紹介します。

〔耐容上限量の策定方法〕
*乳児(耐容上限量)
乳児については、耐容上限量に関するデータがほとんどないことや、実際上、母乳や離乳食では過剰摂取の問題が生じないことから、耐容上限量を設定しないこととしました。

*妊婦・授乳婦(耐容上限量)
妊婦・授乳婦については、耐容上限量に関するデータがほとんどないことから、耐容上限量を設定しないこととしました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から脂溶性ビタミンのビタミンEの過剰摂取の回避の「基本的事項」と「耐容上限量の策定方法」を紹介します。

〔基本的事項〕
ビタミンEの過剰症としては、出血傾向の上昇があげられます。ビタミンEの過剰に対応する生体指標は確立されていません。

血中α–トコフェロール濃度と尿中α–CEHC排泄量が使用できる可能性がありますが、今回は採用していません。

〔耐容上限量の策定方法〕
*成人・高齢者・小児(耐容上限量)
ヒトを対象とした高用量のビタミンE摂取に関する研究の主要な副作用として血液凝固能の低下が対象とされています。

高用量のビタミンE(最高で727mg/日)(all–rac–α–tocopherol)を4か月間摂取させた結果、いずれの用量でもプラセボ群と比べてプロトロンビン時間の有意な延長は認められませんでした。

この研究では一般栄養状態、肝酵素機能、甲状腺ホルモン濃度、クレアチニン濃度、血清自己抗体、好中球によるカンジダアルビカンスに対する防御作用も評価されており、いずれの有害事象も認められませんでした。

その他、健康なヒト集団にビタミンEを与えた他の研究でも類似の結果が得られています。

さらに、ビタミンEの耐容上限量は、トコフェロール当量540〜800mg/日が適切と考えられるレビューもあります。

一方、ビタミンKが不足している状況では、高用量のα–トコフェロールで血液凝固能に障害が起こることが報告されています。

以上より、健康な成人のα–トコフェロールの健康障害非発現量は、現在のところ800mg/日と考えられます。

そして、最低健康被害発現量が明確でないことから不確実因子を1として、小児を含めて、800mg/日と参照体重を用いて体重比から性別と年齢区分ごとに耐容上限量を算出しました。

外挿の基となる体重には、日本人を対象とした研究の62.2kgを用いました。

ただし、800mg/日を超えた場合の過剰摂取による健康被害について、明確な科学的根拠があるとはいえないために、算定値が800mg/日を超える場合には800mg/日を設定しました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「おだしの日」太鼓亭(兵庫県宝塚市)が、鰹節の燻乾カビ付け製法を考案した江戸時代の紀州藩の漁民・角屋甚太郎の命日の1707年10月28日にちなんで制定。

「豆花記念日」Aito&Co(愛知県名古屋市)が、台湾のスイーツ豆花の普及のためにトウ(10)ファ(28)の語呂合わせで制定。

「豆腐バーの日」アサヒコ(東京都新宿区)が、トウ(10)フ(2)バー(8)の語呂合わせで制定。

毎月28日:「にわとりの日」(日本養鶏協会)、「ニワトリの日」(都道府県食肉消費者対策協議会)

水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」の歌詞の一部である「休まないで歩け」は、経済成長期だけでなく、バブル崩壊後も、実質賃金が上がっていない30年間もの期間も、またコロナ禍からの脱却を目指している期間も、合言葉のように使われてきました。

休まないで続けることの利点については、「継続は力なり」「石の上にも三年」「七転び八起き」「百折不撓」など、励ますべき人に合わせて、さまざまな言葉が使われています。

あまり聞き覚えがない「百折不撓」(ひゃくせつふとう)について説明しておくと、「幾度失敗しても挫折感を味わっても、挫けずに立ち上がること」「どんな困難にも臆せず、初めの志を曲げずに突き進むこと」を意味しています。

「継続は力なり」も「石の上にも三年」も「七転び八起き」も、使われ続けてきた言葉だけに今では迫力を持って感じられないところがあるかと思いますが、「百折不撓」の強い意志だとすると「休まないで歩け」は勢いというよりも“覚悟”の意味合いが生じてきます。

コロナ禍を経験して、長らく外出ができず、人との交流が大きく減り、健康診断を受けることも医療機関にかかることも大きく減った結果、国民の健康度は大きく低下しました。

それは平均寿命にも表れていて、ずっと伸び続けてきて世界のトップを誇っていた平均寿命の延びが止まり、わずかであっても下がりました。

このような状態を打破するために、「以前と同じように歩こう」と呼びかけるだけでは足りません。

健康度が低下した分だけ、「以前よりも多く歩くこと」、「以前よりも健康効果がある歩き方をすること」を考え、実践しなければならないと機会があるたびに言っています。

「歩くのも仕事のうち」というのは、東京にいたときに日本ウオーキング協会に関わり、最後には日本ウオーキング協会の下請け団体の代表を務めさせてもらっていたときには、仕事として歩いて稼ぐという意味でも使っていました。

健康効果を高めるウォーキングは、全国団体で活動と内容に制限が生じるところにいる限りは達成することは不可能でした。

岡山に移住してから8年半が過ぎて、コロナ禍の地方でのウォーキング事情も見てきた中で、「まるで仕事のように歩かないと健康度を高めることができない」と悟ったことから、会う人ごとに仕事のよう歩くことをすすめています。

それは介護予防といった観点ではなくて、地域の事情に合わせたウォーキングによって、支える人も支えられる人も、それを応援する人も元気でいて、目的を達成してほしいという思いを込めて言い続けています。
(ウォーキングは一般名称で、ウオーキングは日本ウオーキング協会の固有名称)
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕

私が岡山に移住したのは2017年の4月ですが、東京にいた44年間には、いくつかのホームページを作成して、そこに原稿を入れてきました。

今も原稿を入れ続けているのは、日本メディカルダイエット支援機構のホームページだけです。2015年から始めて、毎日のように原稿を入れていますが、「最新情報」のコーナーだけでも8888本を超えました(2025年10月12日)。

これとは別に、健康関連の情報を収集して、毎週1回の「健康情報メール」を送り始めたのは2010年4月のことで、2025年10月28日現在で816号になっています(目標は888号)。1回に40本の情報を原則としているので、3万本以上の情報を広く健康に関わる方々に送ってきたことになります。

数多く手がけてきた団体機関誌の中でも日本健康倶楽部(巡回健診の全国団体)の「月刊健康日本」は13年間続けてきて、二次使用権は1816ページ(A4サイズ)になります。

こういった原稿をベースにして、コロナ禍の3年間に、健康に関わる6つの講習のための原稿をA4サイズで書いてきて、1000ページを超えています。ここまでの量を作成したのは、コロナ禍の期間もありましたが、瞑想のように心を整えてきた原稿を書くことで、自分を保ってきたという感覚があります。

岡山に移住することを決断したのは、日本メディカルダイエット支援機構の当時の理事が岡山市の出身で、地元に介護施設を作りたいとの要望を受けてのことでした。

私ができるのは健康の情報提供と指導くらいですが、叔父が日本社会事業大学で学長を務めた社会福祉学者で、私の医療・福祉の人脈も活かせる内容でした。

妻は鍼師、灸師、あん摩マッサージ指圧師と国家資格が3つあり、妻の妹は東京藝術大学出身のプロの演奏家で音楽療法の専門家でもありました。

妻の父親は京都大学出身の薬学博士で、テレビ番組にも多く登場していて、著書・監修が165冊を誇っていました。妻の母親は日本画家で、院展にも何度も入選していました。

その力を結集すれば、岡山の役に立つことができるとのことで、家族で移住しました。

ところが、途中で介護施設が介護予防施設になり、最後は運動設備がある娯楽施設に変わり、これは私たちの役割でないと判断したのは移住から2年半後のことでした。その後の半年は岡山の医療・福祉の人脈を辿って、新たな仕事を構築しました。そして、いよいよ開始というときに、新型コロナウイルス感染症が始まって何もできなくなりました。

私にしたら、岡山に来てから実質は2年半という状況で、これからは溜めにためてきたことを一気に発揮するだけという段階となりました。
〔小林正人〕