投稿者「JMDS」のアーカイブ

「野菜の日」食料品流通改善協会が、や(8)さ(3)い(1)の語呂合わせで制定。

「野菜フライの日」カネテツデリカフーズが、「野菜の日」に合わせて制定。

毎月31日:「菜の日」(ファイブ・ア・デイ協会)

日々修行の連載コラムは2025年8月31日で、目標とした366回となりました。

366回というのは、通常の1年の365日に、閏年の日数のプラス1日(2月29日)を加えた数で、閏年は昨年(2024年)で、次回は2028年です。

これは番外編の前置きとして聞き流してもらうとして、最後に番外を加えたのは、366回を書き続けたのは、自分がやってきたことを書いて、そこから次のスタートを切りたいという気持ちがあったからです。

私が44年間を暮らした東京から離れて、岡山に移住したのは2017年の4月でした。「日々修行」の中でも新潟県で高校をまで過ごして、上京して大学で学び始めて(何かと話題になっている東洋大学法学部)から44年間ということですが、移住したときには62歳になる直前でした。

親戚縁者もいない岡山に、妻と妻の妹、その両親とともに移住した目的については、これまでに何度か書いてきました。私たちを招いた方のコンセプト変更で、目的の仕事がなくなったのは移住して2年半後でした。

家族で東京に戻ろうかと考えもしたのですが、私以外は岡山という土地柄を気に入っていて、東京人脈からの強烈な誘いもあったのですが、岡山で暮らすことを選択しました。

岡山での前からの知人といえば、西日本最大の社会福祉法人の当時の副理事長と、人間国宝の子どもであり、孫である陶芸家くらいでした。

その人脈を辿り、半年間をかけて、やっと私がやってきたことが役立つ事業(健康と福祉の融合)を作り上げて、すべての準備を整えて、あとは2020年4月のスタートを待つだけとなったときに、新型コロナウイルス感染症の蔓延が始まり、新たなことは何もできなくなってしまいました。

東京から離れるときに、それまでの事業はバトンタッチしてきました。もしも東京に戻ってくることがあれば仕事を返す、新たな仕事を一緒に始めようと言ってくれていた方々に端から連絡をしたものの、誰も返してくれませんでした。

それくらいに、コロナ禍は大きなダメージを私が関わってきた世界に与えてしまったということです。

コロナ禍が明けてから、今は2年と4か月となりました。

私としては、まるで2年ほど前に、何も当てがないところに移住してきたようなもので、ずっと組み立ててきたことを一気に進めていくために、大きな決断をしました。

この“決断”という言葉は、私が「日々修行」を書くきっかけ、その前の2つの連載(200回)のきっかけを作っていただいた“心の師匠”からいただいたものです。

「決断は断つことを決める」ということを再確認して、明日からの再スタートダッシュのために、ここ数日で複数のことを断ってきました。
もう戻ることも、止まることもない前進を70歳と4か月と23日から始めました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

日々修行の目標であった366回(閏年の1年の日数と同じ)は、好きなことを書いて連載コラムを締めくくることにしました。

“暗黙のルール”という言葉があって、勝ったとしても負けたことにするとか、その逆に負けたとしても勝ったことにするというのは理不尽であっても、それを善しとするムードが漂っている会社や団体と付き合っている限りは、避けて通ることができません。

暗黙のルールを変えることができるのは、そのルールを認めてきた人たちだけだと思って長らく過ごしてきたところがあるのですが、「そんなの関係ない!」と言いたくなるほど次々と大変革が起こっているのは今年で、さまざまな世界で2025年は「大変革の時代」という言葉が聞かれます。

その多くは法律や制度が変わったことや、誰もが覆すことができない数の変化であって、前者でいえば定年退職年齢が4月から65歳に引き上げられて、70歳までの雇用が努力義務化されました。

そのため60代で引退するということが言いにくくなっています。69歳、70歳まで仕事をするのは当たり前という“暗黙のルール”が、これからの社会、そこで暮らす人の心身の健康問題に大きな影響を与えることになります。

後者で言えば、2025年は団塊の世代の全員が75歳以上になる年で、全国民の5人に1人が75歳以上の後期高齢者になるという、世界の誰もが経験したことがない恐ろしい時代であるので、これまでの常識での大変革は通じなくなってきます。

あまり脅かすようなデータは、ここではヤメにしておいて、ゲームの世界の話を書くことにします。ゲームといっても今のデジタルの世界ではなくて、実にアナログな「黒ひげ危機一発」(タカラトミー)の話です。

樽の中に閉じ込められている海賊を脱出させるために短剣を刺してロープを切っていくという設定の、今さら説明することもない知られた存在です。

この有名なゲームのヒットが“危機一髪”を“危機一発”と間違って覚えられる原因になった、とも言われています。

当時のトミーから初めて登場したのは1975年のことで、今から50年も前のことです。当初は脱出させることが目的なので、飛び出たら勝ちというルールで、それは商品パッケージにも説明書にも書かれていました。

ところが、翌年の1976年にテレビのクイズ番組で、勝った人が最後の挑戦として「黒ひげ危機一発」に短剣を刺して、飛び出たら得点が没収ということを始めました。その影響で飛び出たら勝ち(目的達成)ではなくて、飛び出たら負けというルールが広まっていきました。

これに対応するように、どちらの結果でもよくて、それはゲームを始める前に参加者で決めることが1979年にルールとして書かれました。

このことは2006年にタカラとトミーが合併してタカラトミーとなってからも続いていたのですが、50周年を迎えたことをきっかけに初めのルール(飛び出たら勝ち)という“原点回帰”を行いました。

これは公式ルールということですが、それでも勝ち負けのルールを勝手に決めることができます。

ラストに「黒ひげ危機一発」の話を書いたのは、これまでの常識で仕事をしてきて、最後の最後に常識を否定される、やってきたことがひっくり返されることが大変革の時代の始まりの年(2025年)からはなくなることを願ってのことですが、まだまだ望み薄かもしれません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

正しく文字を書くためには、正しい鉛筆(シャープペンシル)の持ち方が重要だと言われます。持つという表現がされているものの、実際には持つわけではなく、つまむという指の形になります。

つまむというのは、指の指先に近いはらの部分を使うことで、指のはらが触れたものを固定できるのは硬い爪があるからです。はらの反対側の爪が支えていることから、はらの部分に弾力があっても微妙な感覚でつまむことができて、はらで受けた刺激を指から神経を通じて脳にまで正確に届けることができます。

文字を正しく書けない子どもの中には、鉛筆を3本の指でつまむことができないために、鉛筆の感覚が充分に脳にまで伝わらず、正しく書こうとしても指を思ったように動かすことができなくなり、正しく文字をかくことができないということが起こります。

鉛筆を固定しつつも自由に動かすことができず、固定して鉛筆を動かすほうを優先させることから、握る形になっている場合も少なくありません。

鉛筆を指先でつまむと、あらゆる方向に自由に動かすことができるものの、握ると手首の動きによって鉛筆を動かすことになるため、微妙な動かし方ができなくなります。

指先でつまむといっても、実際には親指と人差し指のはらを当てています。親指と人差し指のはらは敏感で、ボタンやスイッチ、パソコンなどのキーを押すときにも微妙な強さで押すことができます。

そのはらを使って鉛筆をつまみ、鉛筆を固定させるために中指の側面を使って、下から支えます。この3方向からのタッチで、鉛筆が支えられ、自由に動かすことができるようになります。

中指の側面(第一関節近く)と人差し指のはらを使って鉛筆をはさみ、親指のはらを当てることになりますが、そのときの指の形を覚えるために、中指は「く」の字、人差し指は「へ」の字、そして親指と人差し指の間に鉛筆が入って、両指で丸を描くようにする、といったことを教えてあげるようにします。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

寄り添って、伴歩してくれる人がいない段階のこと、言葉の意味がわからないときにはネット上の辞書が多いに役立った時代がありました。ネット辞書は紙(書籍など)の既存の辞書をベースにしていたので、これまで引いてきたものと内容が異なることはありませんでした。

ところが、AI(人工知能)の時代になって、ネット検索でも、まだ試用段階であるとはいっても、相当の回答ができるようになっています。これまでの画一的な内容ではなくて、知りたいと思っていることが先取りで載せられているので便利は便利です。

とはいえ、まだテストケースの範囲を出ていないので、わざと回答を出しにくい、間違うであろう用語や言葉をAI検索してみると、見事に(期待したとおりの)間違った回答をしてくれます。

私が以前に属していた作家団体は、似たような名称の団体があって、メディアでも間違われることがあるので、どんな感じで表示されるのかとオープン(試行)ネット検索をしてみたら、案の定で別の団体の説明文が出てきます。

こんな状態のAIを頼りにして、間違った内容を、そのまま使った記事や原稿が出てきているので、それを見抜いて、AIに騙されないだけの見識が(本質を見抜く判断力)求められます。

その見識を持った人が伴歩をしないと間違いのまま伝えられることにもなるので、もっとAIにも見識を高めてもらうことが必要で、それをするのは人間です。

AIへの返答を求めると、まだまだ稚拙であったり、間違いが多いので、それではダメだと諦めるのは簡単なことですが、それではAIは成長してくれません。頭はよいけれど、飲み込みが悪い人に対して、諦めずに付き合っていくと、だんだんと理解して使いやすいように変わってくるということは他のシーンでも経験していることです。

それと同じように、私たちがAIと、AIが導き出した内容に根気よく付き合っていくことで、もっともっと能力を発揮させることができるようになる、という感覚で伴歩していくことが必要である時代になっているのです。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

健康に関わるチェックを実施してみて、同じ結果が出たとしても、それに対する意識が異なると、その後の継続と成果にも違いが出てきます。その例として話をさせてもらっているのは、食生活チェックを実施した人との面談での第一声です。

食生活チェックは、1週間に摂る食品の頻度(何回摂取したか)の項目をチェックしてもらうもので、一般に実施されている1週間分のメニューと分量を書き出すものとは違っています。

メニューと量だけでは、何を増やせばよいか、何を減らせばよいかはわかりにくいところがありますが、食品の種類の場合は、チェックをしているうちに、これは食べ過ぎではないか、逆に少ないのではないか、ということに気づくことができます。

チェック項目にある食品を、まったく食べていない、1週間に1回ほどしか食べていないということになると、食べたほうがよい、1週間に何回かは食べたほうがいいということがわかってきます。

食生活チェックの結果を踏まえて、面談をするときには、いきなり指導はしていません。「チェックをしてみて、どう感じましたか」と投げかけて、返ってきた返答の内容は7〜8割は指導しようと考えてきたことと同じです。

この段階で、指導は半分以上が終わっているようなもので、本人が気づいたことに対して、その裏付けとなること、どうして食べたほうがよいのか、どれくらいの頻度で食べればよいのか、これとは逆に減らす理由を説明するだけです。

自分で気づいたこと、変えようと思ったことを後押しするアドバイスは、継続効果が高くて、押しつけのように言われたこととは結果が違ってきます。

食生活の改善は、長い期間をかけて身につけてきたことを変えることになるので、心理的な抵抗感もあり、変えようと思っても、なかなか変えられない、いつの間にか戻ってしまったということにもなります。

それだけに、いかに自分で気づいてもらうか、そして気づいたことを続けられるように後押しするアドバイスができるかが重要になってくるのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「中津ハモの日」地方卸売市場中津魚市場(大分県中津市)が、8月からハ、3を回転させてm、0をoに見立ててモとして制定。

毎月30日:「EPAの日」(日本水産)、「サワーの日」(宝酒造)、「みその日」(全国味噌工業協同組合連合会)

「学びの伴歩」については、日々修行の連載コラムだけでなく、日本メディカルダイエット支援機構のホームページの最新情報の中でも何度も取り上げてきました。「学びの伴歩」のコラムは今も続いていて、できることなら、このホームページが続く限りは週に1回は書いていきたい意向です。

「学びの伴歩」の考えは、岡山自主夜間中学校との出会いがきっかけとなっています。私は月に1回(土曜日)、授業の一つとして栄養に関わる話をさせてもらっているだけですが、岡山自主夜間中学校の継続のために、自分ができることを支援していきたいと、知り合いに支援を依頼しています。

夜間中学校は岡山では今年(2025年)4月から公立でも実施されていますが、学べる人の条件もあって、自主夜間中学校との両輪で進めていくことで、「誰一人置き去りにしない教育」が実現できると認識しています。

岡山自主夜間中学校は授業料も教材も無料で、講師も無償、講師は交通費も自腹で、ボランティアスタッフは無償だけでなく、会費を支払って参加しています。また、運営は完全に寄付だけで成り立たせています。寄付だけということは、寄付が少ないときには、どこかに、誰かに負担がかかることになります。

これを一つの活動だけで補っていくことは大変だと感じて、同じ学びの機会を設けて、社会課題の解決に取り組もうとしている団体・グループと連携して、取り組んでいこう考え、私が代表の別の特定非営利活動法人(NPO法人)の事業目的を一部変更することにしました。

その法人はセカンドステージ連盟で、初めは働く人の次なる活躍の場(セカンドステージ)の構築を目的にしていたのですが、どの世代(子ども、働く人、高齢者)も他の世代に影響を与え、また影響を与えられるということから、全世代を支援対象としました。

そして、時間に余裕がある人(中心は60〜74歳)が活躍できる場を組み合わせることを考えて、前回(日々修行364)で触れた岡山セカンドステージ大学(仮称)との協働を検討しています。

これと合わせて、日本メディカルダイエット支援機構の研究に基づいた個別の健康づくり支援を手掛ける「健康デザイン」、発達障害児の支援(中でも他の支援では歩みが遅い学習障害支援)を進めていくことで、継続する仕組みを構築していきます。

その考えの根幹となっているのは前々回(日々修行363)のお題の「ON送り」です。

学びたいと願う人に対して、寄り添い、応援していく「学びの伴歩」を実現させるためには、その仕組みを継続させるための伴歩が必要であり、それも含めた「新たな“学びの伴歩”」に取り組んでいきます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「いやが応にも」は、承知する、承知しないに関わらず、何がなんでもという意味合いがあって、政党の代表を引き摺り下ろそうという若手議員、反主流派が押しかけてきたときに、メディアやネット情報でも使われていました。

これは「いやも応もなく」の使われ方の例であって、別の表現では「否応なく」となります。これは、「好むと好まざるとに関わらず」「有無を言わせず」「強制的に」という避けられない状況を表すときに使われる言葉です。

今回の言い間違いは「いやが応にも」と「いやも応もなく」なのかというと、そうではありません。

「いやも応もなく」は“いや”否・嫌=Noも、“応”=Yesもないということで、これは正しい使い方です。そして、「いやが応にも」は誤用です。

誤用されるようになったのは、「いやが上にも」との混同があるからです。ここで使われる“いや”は漢字では“彌”という旧字になります。その意味は、状態がだんだんと甚(はなは)だしくなっていくことを表しています。

これを用いた用語としては“彌栄”(いやさか)があって、これは日本でも古くは乾杯をするときに使われていました。乾杯は“完敗”と同じ読みで、完全に負けることを想像させることから、“彌栄”を使いたいところですが、旧字が使われないということで弥栄と書かれることもあります。

「いやが上にも」は、ただでさえ甚だしい状態なのに、それに加えて(輪をかけて)さらに、という意味になって、嫌々ながら行動を起こすのではなくて、喜んで行動することを意味しています。

政党の代表を降りるということを喜んで受け入れるというのは、今は考えられないところですが、そんな心境で降りたということが、後で理由がわかったということになるのではないか、という期待も“彌栄”の気持ちで待ちたいところです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から脂質(脂肪エネルギー比率)の健康の保持・増進の「欠乏の回避」の生活習慣病との関連を紹介します。

〔欠乏の回避〕
◎生活習慣病との関連
脂質(総脂質)摂取量との関連が認められている生活習慣病は多くはありません。その関連が観察される場合は、次の3つの理由によるところが大きくなっています。

1つ目は脂質が供給するエネルギーとの関連が認められる場合(他のエネルギー産生栄養素に差や変化がなく、脂質摂取量だけに差や変化があった場合が、これに相当)、2つ目は脂質に含まれる脂肪酸の中でも、その割合が高い飽和脂肪酸との関連が認められる場合、3つ目は炭水化物(特に糖)との関連が認められる場合(炭水化物摂取量と脂質摂取量の間には通常かなり強い負の相関が存在するため)のいずれかです。

例えば、脂質(総脂質)摂取量の制限が体重減少に与え得る効果を検証した介入試験のメタ・アナリシスでは、脂質(総脂質)摂取量が少ないことが体重の低さ、または体重減少と関連していました。

しかし、介入前の肥満によって、その効果が異なることを示した総説も存在していて、肥満度の低い集団においては、脂質(総脂質)摂取量を低く留める必要性が示されており、観察研究をまとめたメタ・アナリシスでは、脂質(総脂質)摂取量を減らすことは循環器疾患の発症と死亡に有意な関連は示されず、脂質の内容(脂肪酸の種類)の調節や、脂質(総脂質)摂取量の低減によって飽和脂肪酸が減ることで循環器疾患発症リスクが低下する可能性を示唆しました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕