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健康づくりの手法は、どれだけ科学的な根拠があり、実例があげられていても、自分自身の個人にとってよい結果が得られるのかということは、実際に試してみなければわからないことです。

メディアを通じて伝えられる健康情報は、多くの人に共通することを重視していることから総論であって、一人ひとりに適したものでないのは当たり前のことです。

同じ方法を実施すれば同じような結果になる、というのは健康づくりに限らず、多くのことに共通している認識です。

厚生労働省が示している健康づくりの手法も、総論としては正しいことではあっても、個人に当てはめたら正しいとは限らないことがあります。

健康づくりの基本中の基本とされる歩くことも、人によってはよくない結果になることもあって、歩数だけが示されて、それをクリアすれば健康に役立つというものではありません。

正しい歩き方が示されて、それを続けることで健康効果が高まるということになるので、そもそも正しい歩き方、それも個人によって異なる正しい歩き方を示す必要があります。

身体の状態と機能、個々の条件に配慮しない個別対応は、個別のように見えても実は総論でしかなかったということにもなります。

そのようなことにならないようにするには、専門分野だけではなく、それぞれの専門分野をつなぐための情報を周知していて、個々の要望に沿うアドバイスができる能力も重要となります。

これは情報を発信する側での考えであって、情報を活かす側の健康づくりに取り組む方々の選択できる能力も重要になります。

示された健康情報が正しいのか、自分に適したものなのか、適した情報であっても継続できることであるのかということを把握して、最良のものを選択して実践していることが重要となります。

その能力である“健康リテラシー”を高めることが、自分のための個別対応を実現する方法であるということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「お米の日」米づくりは八十八の工程からなると言われることにちなんで制定。

「オリザの米油の日」オリザ油化(愛知県一宮市)が、米は八十八(818)と分解されることから制定。

「健康食育の日」日本健康食育協会が、米は八十八(818)と分解されることから制定。

「ビーフンの日」ビーフン協会(兵庫県神戸市)が、米は八十八(818)と分解されることから制定。

「糸ようじの日」小林製薬が、歯(8)と歯(8)の間に糸(1)が通っているように見えることから制定。

「ハイエイトチョコの日」フルタ製菓(大阪府大阪市)が、ハ(8)イ(1)エイト(8)の語呂合わせで制定。

「世界に一つだけの晴れの国リンドウ記念日」JA晴れの国岡山が、西日本トップ生産量のリンドウの出荷最盛期間で、晴(8)れの国のいい(1)花(8)の語呂合わせで制定。

毎月18日:「防犯の日」(セコム)、「おにぎりの日」(中能登町)

天下取りの三英傑である織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人の武将の性格の違いを表すために引き合いに出されるのはホトトギス(時鳥)です。

信長が「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥」と句を詠んだのに対して、秀吉は「鳴かぬなら泣かせてみせよう時鳥」と詠み、家康は「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」と詠んだと伝えられています。

実際に読んだのか、それとも後の作なのかは別にして、信長が結果をすぐに求める短気な性格、秀吉が策略を弄してでも結果を出そうとする性格、家康が忍耐強く時を待つ性格という、実にわかりやすい分け方をしています。

その性格の象徴がホトトギスというわけですが、このことを例に話をしようと考えていて、直前になって止めたことがあります。

私は、岡山では発達障害児のサポートする5つの法人(NPO法人、一般社団法人)の設立・運営に関わってきました。これ以外にも、私が代表の2つのNPO法人(日本メディカルダイエット支援機構、セカンドステージ連盟)は活動の一部として発達障害児の支援を行っています。

「鳴かぬなら」という言葉の後に続く3つの句は、鳴くのが当然という発想があってのことで、鳴かないことを前提にはしていません。

発達障害の特性がある子どもに対して、周囲が期待することを、期待どおりに求めることは常識としてはあってはいけないと考えます。そのことは発達障害児の支援施設の運営者や職員・スタッフもわかっているはずで、そのようなことを口にしています。

ところが、実際に対応を見ていると、行動や結果に対して“改善”を求める、時には押し付けるということがあります。無意識のうちにやっている人もいて、本人としては“よいこと”をしているつもりでも、子どもたちに負担をかけ続けていることも実際にあります。

そのようなことを感じたときには、ズバリの指摘をするのではなく、考えさせるようなフレーズを繰り出しています。

今回の話は「鳴かぬなら」と「時鳥」なので、その間に入る言葉として使っているのは「そういう種類の」です。

「鳴かぬなら、そういう種類のホトトギス」は、ネットでも登場するようになってきていますが、“読み人知らず”とされています。

相手の性格や行動を認めて、受け入れることであって、決して諦めや開き直りの気持ちではありません。元ネタは明らかではなくても、今後も続けて使いたいフレーズです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「はらわたが煮え繰り返る」という表現は、メディアでも日常的な会話の中でも、よく耳にすることです。はらわたを漢字にすると、腹わたと書くこともあるのですが、正式の漢字は「腸」です。

他にも臓、腑と書くこともありますが、はらわたは腹のわた(曲)の意味で、わたは曲がりくねったところを指します。そこから転じて曲がりくねった腸を指すようになり、さらに内臓の総称とされるようになりました。

こう考えると、体内にある内臓が煮え繰り返るというのは、よほどの刺激があったということだろうと想像することがあるかもしれませんが、「はらわたが煮え繰り返る」というのは間違った表現(誤用)です。

正しくは「腹が煮え繰り返る」で、我慢できないほど激しい怒りや憤りを感じている状態を表しています。

腹を腸と読み間違い(書き間違い)して、腸は“はらわた”と読むことから、間違った使い方をしたのが今に伝わっていると説明している辞書もあります。さらに辞書の中には、腹が煮え繰り返る、を誤用だとしているものもあります。

この場合の辞書は紙の辞書を指していますが、ネット検索では「腹が煮え繰り返る」と打ち込んで変換すると正しい表現として「はらわたが煮え繰り返る」が出てくることもあって、ますます混乱に拍車をかけています。

そのうちデジタルの世界では「はらわたが煮え繰り返る」が正しい表現で、「腹が煮え繰り返る」が誤用とされるのではないかとの不安も湧き上がってきます。

ちなみに「はらわたが煮え繰り返る」も「腹が煮え繰り返る」も、同じ意味(我慢できないほど激しい怒りや憤りを感じている状態)が出てきます。もちろん表現は、それぞれ少しずつ違っているところがあるのですが、概説としては同じです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から生活習慣病等の発症予防の「生活習慣病及びフレイルとの関連」の目標量の策定方法を紹介します。

〔目標量の策定方法〕
*成人・高齢者・小児(目標量)
推奨量と目標量のそれぞれの定義から考えて、そのいずれか一方を満たすのではなく、推奨量を満たした上で、主な生活習慣病やフレイルの発症予防を目的とする目標量を満たさなければなりません。

1歳から64歳の年齢区分(非妊婦・非授乳婦)において、性・年齢区分・身体活動レベル「低い」の推定エネルギー必要量(kcal/日)を用いて、たんぱく質の推奨量(g/日)を%エネルギーで表現すると、19〜29歳女性と50〜64歳女性の値は、11.8%エネルギーと最も高い値となります。

65歳以上の男女については、その性・年齢区分・身体活動レベル「低い」の推定エネルギー必要量(kcal/日)を用いて、たんぱく質の推奨量(g/日)を%エネルギーで表現すると、11.4〜13.8%エネルギーとなります。

ただし、高齢者においては特にフレイルとサルコペニアの発症予防も考慮した値であることが望まれます。

65歳以上の男女については、その性・年齢区分・身体活動レベル「低い」の推定エネルギー必要量(kcal/日)を用いて、フレイルとサルコペニアの発症を予防する可能性があるたんぱく質量(1.2g/kg 体重/日)を%エネルギーで表現すると、14.9〜16.6%エネルギーとなります。

以上より、目標量(下限)は、1歳から49歳(男女共通、非妊婦・非授乳婦)では、13%エネルギー、65歳以上(男女共通)で15%エネルギーとしました。

なお、50〜64歳(男女共通、非妊婦・非授乳婦)では、1歳から49歳までと65歳以上の値の間をとって、14%エネルギーとしました。

目標量(上限)は、耐容上限量を考慮すべきです。たんぱく質には耐容上限量は設定されていませんが、20〜23%エネルギー前後のたんぱく質摂取については、成人においては各種代謝変化に、高齢者においては腎機能に好ましくない影響を及ぼす可能性が考えられることから、検証すべき課題として残されていることがスシテマティック・レビューによって結論づけられています。

以上より、十分な科学的根拠はまだ得られていないものの、目標量(上限)は1歳以上の全年齢区分において20%エネルギーとすることとしました。

なお、特定の疾患の管理を目的としたたんぱく質摂取量の制限や多量摂取が必要な場合は目標量ではなく、そちらを優先すべきです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から生活習慣病等の発症予防の「生活習慣病及びフレイルとの関連」の続きの後半を紹介します。

〔生活習慣病及びフレイルとの関連〕
たんぱく質が直接的に大きく影響するとともに、サルコペニアの診断基準項目の1つである筋量に着目した、70歳以上の高齢者男性を対象にした10週間の無作為化比例試験では、たんぱく質推奨量(0.8g/kg 体重/日)を摂取する群では四肢筋量が減少した一方で、推奨量の2倍量(1.6g/kg 体重/日)を摂取する群では、四肢筋量が維持されたことが報告されています。

また、過体重または肥満の高齢者を対象に実施した無作為比較試験では、通常たんぱく質摂取群(0.8g/kg 体重/日)と高たんぱく質摂取群(1.4g/kg 体重/日)の両者ともに体重が減少した中で、高たんぱく質摂取群のほうが四肢筋量の減少量が少なかったことが報告されています。

これらを踏まえると、現段階ではたんぱく質摂取量とフレイルおよびサルコペニアの罹患率や、それらの判定に含まれる項目を評価した研究の質・量ともに十分ではないため、フレイルおよびサルコペニアの発症予防を目的とした望ましいたんぱく質摂取量を策定することは難しいものの、少なくとも高齢者においては、推奨量の値よりも多めに摂取するほうが(1.2g/kg 体重/日以上)、フレイルおよびサルコペニア発症を予防できる可能性があると考えられます。

なお、若年成人を対象にエネルギー摂取量を増やした上で、たんぱく質摂取量の違いが除脂肪量の変動に及ぼす影響を検討した無作為化比較試験においても、0.68g/kg 体重/日のたんぱく質を含む食事を摂取している群は除脂肪量が減少した一方で、1.8g/kg 体重/日のたんぱく質を含む食事を摂取している群は除脂肪量が増加したことを報告しており、若年成人においても筋量を維持するためには推奨量以上のたんぱく質を摂取することが望ましいと考えられます。

しかしながら、通常の食事の摂取範囲を逸脱した研究デザインや、付加したたんぱく質量は明らかなものの、通常の食事を含めたたんぱく質の総摂取量が明らかでない介入研究が多く受け取られたことから、それらを食事摂取基準の策定根拠として用いることが困難でした。

今後、通常の食事からのたんぱく質摂取量がフレイルやサルコペニアの罹患率に与える影響を明らかにする介入研究の実施が課題です。

このほか、多量のたんぱく質摂取が2型糖尿病の発症リスクとなる可能性がアンブレラレビューによって報告されているものの、2型糖尿病の発症リスクとなり得るたんぱく質摂取量についての結論は得られていません。

また、たんぱく質摂取量と血圧の関連についてのレビューでは、各報告の結果が一貫していないため、十分な結論を出すことは難しいとされています。

さらに、たんぱく質摂取量と骨密度の関連についてのレビューにおいても、研究の成果は一貫していないため、十分な結論を出すことは難しいことが報告されています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

健康づくりのために身体の状況を知っておくためには、健康診断で実施される血液検査や身体測定などがあげられますが、健康デザイン活動では身体年齢測定を健康づくりの基本としています。

それは心身の機能低下や疾病は年齢との関わりが大きく、「疾病の最大のリスクは加齢」との考えがあるからです。

身体に負荷がかかることをしていても年齢が若いときには問題なく過ごすことができるのは、対応力があるからです。回復力も免疫力も高く、心身のトラブルがあっても無理なく回復する能力が備わっています。

日本人は世界一の長寿国(男女平均)ですが、日本人の平均寿命が50歳を超えたのは1947年(昭和22年)のことです。そのときから78年が経過して、平均寿命(2025年)は男性が81.09歳、女性が87.13歳になったことは日本人の健康度の高さを示す一つの裏付けデータになっています。

考え方を変えると、日本人は急激に寿命が延びたことで、対応力が追いついていなくて、それが健康寿命(医療や介護に頼りきりにならず自由に動ける期間)との差が男性が約9年、女性が約12年という結果にもなっています。

そのようなことから把握して対応すべきは、実年齢(暦年齢)ではなく、身体年齢ということになります。身体年齢測定は現状の身体の年齢を知ることができるだけでなく、身体年齢を改善するため、つまり実年齢との差を短くするために、よりも若くするためにすべきことが明らかになります。

自分の工夫と努力によって身体年齢を若くすることができるので、これは疾病のリスクを低く抑えて、本当の意味での健康寿命を延伸させることにつながっていくということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「パイナップルの日」ドールが、パ(8)イ(1)ナ(7)ップルの語呂合わせで制定。

毎月17日:「減塩の日」(日本高血圧学会)、「いなりの日」(みすずコーポレーション)、「国産なす消費拡大の日」(冬春なす主産県協議会)、「森のたまごの日」(イセ食品)

「甲州の“ず”言葉」と呼ばれる独特の方言があります。

山梨の「ず弁」とも呼ばれていて、語尾に「ず」や「ずら」をつけるのは国中弁です。

国中弁の「ず」は「〜しよう」の意味があり、行くことは「行かず」となります。「ずら」は「〜でしょう」の意味で、「いい天気ずら」といった使われ方をします。

国中というのは山梨県の中・西部で、笹子峠より西側の甲府盆地が広がるのが国中地方、東側の急峻な山林が多い郡内地方と一般には分けられています。

郡内弁では「だんべ」や「べ」が語尾につけられます。

今回の話は、現地の方ではなくて、他の地域からきた人の戸惑いのもとになる「ず」のことで、このことを教えてくれたのは横浜出身で、山梨の国立病院の栄養部門のトップで、赴任したばかりのときに経験したことがベースとなっています。

以前にも触れたことがある「酒のまず」は「酒を飲むな」ではなくて、「酒を飲みましょう」という宴席などで飲酒をすすめるときに出る言葉です。

道を尋ねたときに「右いかず、左いかず、真っ直ぐいかず」と言われたら、どう行けばいいのかわからなくなる人もいるでしょうが、これは道を右に曲がって、次に左に曲がって、その後は真っ直ぐに行く」という親切な道案内です。

このことは半分笑い話として伝えられているところもあるのですが、実際に山梨県を巡ったときに、似たような経験をしました。言葉のニュアンスがわかれば、笑い話で済ますことができる、とも感じたものです。

ところが、他の地域では、約束をした日の認識が地元の人と違っているという切実な間違いが起こることもあります。

それは三重県の伊勢志摩がよく例として出されるのですが、岐阜県の飛騨のほか愛知県や富山県の一部などでも使われる、ややこしい地域表現です。

それは「ささって」の存在です。この地域の方との約束をするときには実際の日にちを確認することが必要になってきます。

今日の次の日は「あした」、2日後は「あさって」、3日後は「しあさって」というのが一般的な認識です。しかし、前出の地域では「あさって」と「しあさって」の間に「ささって」が入ります。

つまり、3日後が「ささって」、4日後が「しあさって」となります。漢字では、あさっては明後日、ささっては再明後日となります。しあさっては一般的には明々後日と書きますが、ささってを使う地域の場合には、ささっての次の「しあさって」は「四明後日」となります。

このような地方ルールがわかっていれば、約束の日を間違えることもなくなり、日にちで確認するようにするのですが、今、知っている地域以外でも「ささって」が使われている可能性もあります。

ひょっとすると他の表現があるかもしれないので、いつも会う日を約束するときにはドキドキしてしまいます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

発達障害は本当に障害なのかという議論があります。脳の発達の特徴から凹凸があり、凹の部分が学習障害の原因となっている場合には、欠けている部分を補うことで改善することができます。

医療の介入ではなしに、自らの努力で欠けている部分を埋めることができるなら、これは障害でもなく、病気でもなかったと考えることができます。

発達障害、学習障害という診断名がつけられたからといって諦めることはありません。ここで例に出すのは病名がつけられている糖尿病です。“病”という文字がついているので、これは病気だと認識されがちです。

健康と病気の間を“未病”として捉える考え方があります。

これは日本未病学会によって定義されていることで、検査数値が上昇して薬を使わなければ血糖値が下がらない状態であっても、自分の努力、つまり食事、運動を続けることで合併症(網膜症、腎症、神経障害)が発症しなければ、糖尿病でなかったのと同じように一生涯を過ごすことができます。

糖尿病で使われる血糖値を下げる医薬品は、それだけでは効果が弱く、食事療法、運動療法を続けたうえで使用することが前提条件となっています。自分の努力で元の状態に戻ることができるのが未病状態で、合併症が出てしまったら自分の力では元には戻れなくなるので、これが病気の段階という考え方をしています。

発達障害を障害としているのは、その障害を自分では超えられないような環境が原因となっています。身体障害の場合には、車椅子で2階に行きたくても階段しかない、サポートしてくれる人もいないという環境こそが障害です。

学習障害の場合は凹を埋めるための支援ツールがあって、これを使えば学習障害がないのと同じように学べる、同じとはいかなくても目標を達成するだけの学力を身につけることができれば学習にとっての障害とはならないとの考え方をしています。

学校教育の中で定められた合格ラインでは、残念ながらクリアできなかったとしても、サポートツールを使うことによって他に負けない知識、知恵、子どものときには実感できないかもしれないような人脈を得ることができたら、これは障害ではなく、その子どもの特徴にしていくこともできるということです。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕