予算にない仕事2 業界出向の役割

業界出向の形で厚生労働省が発足した初日(2001年1月6日)に霞が関の本省に出向いたときに初めて聞いた「予算にない仕事」の意味について、すぐに理解できたと前回書きましたが、それは業界出向の送り手側の事情と、その後の変化が理解できていたからです。

こういった変化の時代に誰が霞が関に送り込まれるのかということは、中央省庁の再編が知られたときから関係者では話題になっていました。

まだ業界出向のルールが明確化されていなかったこともあり、お役所の事業年度が4月1日からということで、1月6日から3月31日までは、いわゆるモラトリアム(猶予期間)のようなものでした。

業界出向というと普通は単独の関連団体から送り込まれるのが普通で、出向先での仕事に対する対価は団体から支払われるのが普通です。私の場合は病院給食の委託事業者の協会(当時は社団法人、現在は公益社団法人)と、健康食品・栄養食品の協会(当時は財団法人、現在は公益財団法人)で、両協会の代表者は旧知の仲でした。

社団法人は財団法人が負担していると思い込み、財団法人は社団法人が負担していると思い込んでいたのか、どちらの協会からも給料に該当するものは受け取ってはいませんでした。

1999年から厚生省所管の社団法人の月刊情報誌の編集を受託していて、情報誌の取材先が両法人であり、最大の情報源が厚生省(2001年からは厚生労働省)であったので、業界出向の仕事をしながら取材をしているようなものという感覚でした。

そんなことだったので、お役人のトップから「予算にない仕事」と言われても困ることはなくて、「予算にない仕事」として新たなことを始めるのに仕事量と金額のバランスを考えることもありませんでした。

そして、「予算にない仕事」のために霞が関まで地下鉄で1駅、歩いても15分という距離のところに住むことも特に考え込むことはありませんでした。
〔小林正人〕