予算にない仕事3 2000年の怒涛の変化

厚生省と労働省が統合されて厚生労働省が発足したのは2001年1月6日のことです。同日に中央省庁の再編が行われて、1府22省庁から1府12省庁へと大幅に統合・再編されました。

その裏付けとなる中央省庁等改革基本法が成立したのが1998年6月だったので、2年半ほどの準備期間でした。厚生省と労働省は霞が関の合同ビルでは上下の位置関係であったので、同じビル内で名称が変わるだけの統合でした。

統合を前にした2000年は、厚生労働省の発足を前提とした健康関連の施策に大きな変化がありました。

第3次国民健康づくり対策の元年にあたって、21世紀における国民健康づくり運動を掲げられて、「健康日本21」の名称で、健康寿命の延伸と生活の質の向上を生涯を通じた健康づくりの推進がスタートしました。

健康日本21では、予防対策としてメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)を掲げ、内臓脂肪の減少が大きな目的として掲げられました。

「健康づくりのための食生活指針」は厚生省の取り組みでしたが、新たな「食生活指針」が厚生省に加えて、農林水産省、文部省(現・文部科学省)との連携で、各省庁の取り組みとして発表されました。

また、2000年には、「第6次改定日本人の栄養所要量」(2000年4月から2005年3月までが使用期間)が始まりました。

従来は栄養欠乏症の予防を主眼にされていましたが、過剰摂取による健康障害を防ぐための上限が設定されました。上限値が設定されたのはビタミンではビタミンA、ビタミンD、ビタミンE,ビタミンK、ナイアシン、ビタミンB₆、葉酸、ミネラルではカルシウム、鉄、リン、マグネシウム、銅、ヨウ素、マンガン、セレン、亜鉛、クロム、モリブデンです。
〔小林正人〕