日々邁進:番外4 書籍原稿の後始末 その2

原稿は「書く」と表現するものの、実際に原稿用紙などに文字そのものを書くことは少なくなっています。

今はキーボードを打つ(パソコン)、画面をタップする(スマホやタブレットなど)が普通になってきているので、文字にしていくことを「書く」と表現しても違和感が抱かれなくなっています。

これは“ご飯論法”とは違っています。ご飯論法は、朝ご飯を食べていないと言っても、朝食を食べていないことではなくて、朝食でご飯(ライス)以外は食べている、というように論点をズラす手法を指しています。

「ご飯は食べていないが、朝食ではパンを食べている」という人は多いかもしれませんが、書くことに関しては「書く」という表現であっても手書きはしていないのは、デジタル化の時代には当たり前の感覚となっています。

私がゴーストライターとして原稿を書き始めたばかりのとき(1981年から数年)は、実際に手書きで原稿用紙に文字を書いていました。書き直しの可能性があるものは鉛筆を使って書くというのは普通のことでした。

その当時のワードプロセッサーは高価で、原稿作成に使うなどということは考えもしなかったのですが、1冊分の原稿(原稿用紙で300枚)を1〜2週間で書くとなると、利き腕側の指は使いっぱなしになります。

他にも雑誌の原稿を書いたり、業界団体の機関誌の原稿を書くということもしていたので、だんだんと腱鞘炎のような状態になってきました。

書籍の原稿作成は後から始めたことで、10冊も仕上げれば、これで終わりになってもよいという感覚もあって、出版社の編集担当者に状態を話して「原稿は書けない」ということを伝えました。

本人としては指の状態のために原稿を書けないということは仕事ができないという意味だったのですが、受けた側は手書きができないならキーボードを打てばよいだろうと判断したようで、上司に相談をして、ワードプロセッサー(当時は70万円ほど)を送ってきました。

グリーン画面の見づらいもので、キーボードも原稿作成には向かないもの(現在のパソコンのキーボードに比べたら月とスッポン)で、1年もしないうちに右手(利き腕側)の指も左手の指も痛みが出てしまいました。

その後は、原稿の作成量が減らされることもなく、痛みとの相談をしながら続けるという作業が続きました。

パソコンの文字変換ソフトが普及していってからは、以前に比べたら打ちやすくなったものの、Windows95の登場以前は手書き代わりに使うキーボードは期待できないことでした。

そして、やっとパソコンで安心して原稿を書くことができるようになった1995年には、最後の150冊目の最後の原稿を書き上げて、手の痛みに耐えながら、ギリギリの状態で締切に合わせるということ原稿書きの仕事を終えることができました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕