金言の真理143 「業苦楽」2

業苦楽は、一般的な読み方をするなら「ごうくらく」となるところですが、仏教用語では「ごくらく」と読んでいます。

特徴的に使われているのは浄土真宗(真宗十派)で、他の宗派では使わないということではないものの、開祖の親鸞聖人の教えの言葉の一つであることから、ほぼ浄土真宗だけで使われると広く認識されています。

人間の業によって生じる苦を、楽に転じるとのことですが、他の宗派と違っているのは、この世で楽(極楽)を見出すことが浄土真宗の教えとなっていることです。

よく言われるように、単に苦しい経験して、克服することによって楽になれる、世の中の楽に気づくことができるということではありません。自分自身の業の深さを認めた上で、阿弥陀仏に救われ、苦しみの中に喜びを感じる状態が「業苦楽」です。

苦しい状態から抜け出して、苦しくない状態になればよいというようなことではなくて、苦と楽(苦しみのない状態)の両方を一途させる「苦楽一如」が他の宗派や団体とは大きく違っているところです。

となると、苦しみは、それを当たり前のこと、むしろ有難いことと思える心が大切であって、その心が楽へと変えていく重要ポイントとの考えとなります。

このような教えの根本となっているのは、浄土真宗には地獄は存在していなくて、死後にあるのは極楽だけであるとの教えです。そして、本当の極楽は死んでから行くところではなくて、現世(今この時)に得られる心安らかな状態ということができます。

やや理屈っぽい話になってしまいましたが、次からは親鸞聖人の説く自業苦と業苦楽へと、自分自身の話も交えて移っていきます。
〔小林正人〕