金言の真理147 「苦楽一如」1

これまで「一如」(いちにょ)について、物心一如、迷悟一如、心身一如、生死一如といった仏教の書に現れる用語を引き合いに、仏教思想の根元を少しでも見たいという気持ちもあって書いてきました。

一如は、仏教用語に由来していて、「二つのものが区別なく、一つの真実の姿であること」を指しています。今回のお題の「苦楽一如」は、もう一段階上を目指そうとしている方々に対して、呼びかけるような用語といえます。

苦と楽は対比・対別する関係だと思われがちです。“苦楽を共にする”という言葉はベストなパートナー(夫婦に限らず、一緒に行動する人)に対して使われています。

辛い時も楽しい時も、すべての経験を一緒に体験すること、それを分かち合うことを意味しています。単に生活や仕事などを共にするだけでなく、感情や運命を共有する信頼関係や深い絆を表す言葉として、喜怒哀楽のシーンで何度となく耳にしているはずです。

ここで使われる“苦楽”は、「苦あれば楽あり」「楽あれば苦あり」とセットで使われることが多くて、苦しいことがあるから楽しいことがあり、楽しいことの後には苦しいこともあるというような、対比・対別の感覚で使われることが多くなっています。

また、苦しみのある状態と苦しみのない状態が提示されて、前者(苦)から後者(楽)へと進むことが示される学びの場も存在しています。

それに対して、「苦楽一如」は苦しみと楽しみは対立する別のものではなく、同じ一つのもの(表裏一体)だという仏教(東洋哲学)的な人生観です。

苦しいことは避けて、楽しいことばかりを求める向きもあるのですが、苦しいことも楽しいことも、どちらも人生の不可欠な要素として、“あるがまま”を受け入れて、その中で前を向いて(見据えて)生きていく姿勢を指しています。
〔小林正人〕