「物心一如」(ぶっしんいちにょ)から迷悟一如(めいごいちにょ)を引き出して、前回は終わりました。今回は「迷悟一如」について書いて、今後の連載に続けてきたいという思いです。
迷悟は、迷いと悟りを指す仏教用語です。誤った認識に執着する迷いと、それを打破する真理に達した悟りを意味しています。
これを見て、迷いと悟りは対立するものと感じる人は少なくないのですが、迷いも悟りも本質的には同じもので、一つのものの両面でしかないというのが仏教的(インド哲学的)な考えです。
それを明らかに(強調)するために一如をプラスしたのが迷悟一如で、迷いと悟りは根本において一体であり、区別するものではないという教えを表す重要な言葉(キーワード)となっています。
煩悩に満ちた迷いの姿そのものが、真理を理解した悟りの姿であるという、絶対平等の境地を表しています。
このようなことは、東洋大学でインド哲学を学ばせてもらったときに、比較、排除するのではなく、まずは受け入れて融合させていくことの大切さを強く意識させられました。
大学では法学部に本籍をおいて、文学部でインド哲学、社会学部で福祉を同時進行で学んでいく中で、それぞれの立場を尊重して受け入れ、それを融合させて、世の中のために役立つ存在であり続けるための方法も学んだつもりです。
できるだけ、それが叶えられるような環境にいたいと願っていたものの、“誤った認識に執着する迷い”のままの人が案外と多く、中でもリーダー的な立場にいる人に多いことに気づいて、どう対応すべきかを考え続けてきた50年間でした。
〔小林正人〕






