投稿者「JMDS」のアーカイブ

発達障害に関わる講習をしているときに、理解しやすくするために、諺(ことわざ)をもじった言葉を使うことがあるのですが、そのときに言い方、伝え方、もっという受講者のリテラシーに合わせた言葉の選択をしないと講習がギクシャクしたものになりことがあります。

諺もじりは会場を明るくするために始めたことなのに、逆効果になることもあるのです。

中でも注意をして使わなければならないのが、今回のテーマの「渡る世間に鬼は外」です。これは「笑う門には福は内」と対に使って、発達障害がある人にとって鬼の存在になっている理解不足の人、社会的障壁となる制度などを示すようにしています。

少なくとも発達障害児が「鬼は外」とされないようにするには、何をすべきかということを考えてもらうときに使うようにしています。

発達障害児は、発達障害がある子ども(18歳以下)を指して使われる用語ですが、法律(発達障害者支援法)で発達障害がある子どもを指してはいません。発達障害があり、社会的障壁によって生活や学習などに困難さがある子どもが発達障害児となるのであって、社会的障壁さえなければ発達障害児ではないという考えです。

そして、社会的障壁とは何かを認識して、それを取り除くための行動が国にも地方公共団体(自治体)にも住人にも求められているのです。

それが“鬼”の正体であって、節分の豆まきのように豆を外に向かって投げれば、それで済むようなことではありません。掛け声と簡単な行動では対処できないことで、自治体や地域住民に働きかけ、みんなで行動する機運がなければ進まないことです。

発達障害の社会的障壁を取り除くには、相当の覚悟をもった行動が必要ではあるものの、道のりは長いので必死の形相(鬼の形相?)では続けられないことです。

気持ちを楽にして無理をしない範囲で行動をすることが必要だということを示したいので、鬼が外に出て行ったら、続いて福が入ってくることを願って、「笑う門には福は内」という言葉も同時に使うようにしているのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「笑う門には福来る」と対で使われる諺(ことわざ)といえば「渡る世間に鬼はなし」があげられます。「笑う門には福来る」をもじって「笑う門には福は内」という言葉を考えたときに、同時に考えられたのが「渡る世間に鬼は外」でした。

節分の「福は内」と「鬼は外」に合わせたもので、認定講習で「笑う門には福は内」と言ったときには、必ずといっていいほどセットで使うようにしています。

講習で使ったときに、「渡る世間に鬼ばかり」ではないかという質問をされたことがあります。講習の本題ではないのでスルーしてもよいことでしたが、余計な諺もじりを使った手前、答えさせてもらいました。

「渡る世間に鬼ばかり」というのはネット検索してもよく出てくる言葉ですが、これはテレビ番組の橋田壽賀子ドラマの「渡る世間は鬼ばかり」に影響されたようです。

「渡る世間に鬼は外」は「笑う門には福は内」と対だと書いたものの、「渡る世間は鬼ばかり」の影響も受けていて、鬼ばかりの世の中であったら、なおさら「鬼は外」は必要であろうとの考えもありました。

メディカルダイエットの資格認定講習をするときには、追い払いたいのは余計な体脂肪であったり、ダイエットが続けられない弱い気持ちだったりするので、自分のこととして「鬼は外」はわかりやすい表現になります。だから、細かな説明をする必要がないこともあります。

ところが、発達栄養の資格認定講習で、発達障害のこととなると、「渡る世間に鬼は外」の鬼は社会的障壁の話にもなって、なぜ社会的障壁があるのか、社会的障壁とは何なのか、なぜ社会的障壁があると発達障害がある子どもは発達障害児とされてしまうのか、ということまで話さないと理解が進まないことになります。

だから、発達栄養、発達障害、学習障害の講習のときには、余計なことを言わないようにするつもりであっても、ついつい口走ってしまい、説明に時間が取られて、途中から講習が早口になってしまったこともあります。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「福は内」は「鬼は外」とセットで使われる言葉で、最も出てくる機会が多いのは節分の豆まきのときです。幸運を招く福の神は内に、禍をもたらす鬼は外へということで、福を招き入れてから鬼を追い払うのか、それとも鬼を追い払ってから福を招き入れるのか、順番は本人任せのところがあります。

地域によっては鬼が神様のところもあって、「福は内、鬼も内」と言って豆をまいているところもあり、この順番からいくと「福は内、鬼は外」でよいのかなという感じがあります。

奈良県の天河神社(吉野郡天川村)に行ったときに、その話を聞きました。正式名称は天河大弁財天社といいますが、そのほかにも鬼鎮神社(埼玉県比企郡嵐山町)、稲荷鬼王神社(東京都新宿区歌舞伎町)、大原神社(京都府福知山市)、元興寺(奈良県奈良市)、金峯山寺(奈良県吉野郡吉野町)も「鬼も内」もしくは「鬼は内」と言っているとのことです。

“鬼のような講習”と呼ばれる厳しい内容の講習は存在しているものの、私たちの講習はテーマがメディカルダイエット、サプリメント、発達栄養といったことなので、わざわざ鬼を招き入れる必要がないものです。

明るく、楽しく、笑うところまで行かないとしても笑顔で聞いてもらえる内容となっています。

1時間や2時間の講習なら緊張感も継続できるかもしれませんが、私たちの資格認定講習は短いもので4時間はかかります。それは1回だけで修了する講習の場合で、3段階方式の講習では1回が6時間を原則としています。

3段階方式というのは、初級、中級、上級の3段階で、上位の資格認定者が下位講習を開催できるスタイルになっています。教えられるだけの知識を得るためには各段階で6時間は必要で、そんなに長く緊張が続くものではないので、笑いが出るようなリラックスした環境での講習としています。

中級資格認定者、上級資格認定者は講師の立場になって教えるシステムで、教えるつもりで学び、教える立場で継続的に情報を更新していきます。そのために本部として最新情報を提供し続ける義務があり、“鬼のような情報収集と情報発信”をしなければならないのです。

「笑う門には福は内」の講習の裏には、鬼の形相の頑張りがあり、それを見せないのが私たちの講習の方針なのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「笑う門には福来る(きたる)」とはいうものの、笑っていれば福が来るとは限らないというのが今の世の中で、笑いが起こるような講習を心がけていれば受講者が満足するということではありません。

もちろん、難しい話を、話す側が難しい顔をして話していれば緊張感が高まり、緊張感が真剣に聞くといくことにつながればよいものの、緊張しすぎて話がよくわからなかった、充分に理解できなかったということにもなります。

自分が聞く側に回ってみると、こんな話し方をしていたら、せっかくの内容が活かされないと感じることもあるのですが、自分が話す立場になってみると、案外と受講者として自分が感じていたことを実はやっていたということに気づかされることもあります。

「笑う門には福来る」は、いつも笑いが絶えない家には自然と幸福がやってくる、いつも明るく朗らかでいれば自ずと幸せがやってくるという意味です。また、悲しいことや苦しいことがあっても、希望を失わずに朗らかに生きていれば幸せが訪れる、という意味でも使われています。

今さら説明はいらないでしょうが、「門」(かど)は家や家族のことで、「福」は幸福、幸せを意味しています。

あるセミナーで講師が「笑う門(もん)には〜」と言っていて、参加者も司会者も指摘しなかったことがありました。別のセミナーで講師が「笑うカドには〜」と言っていたので安心していたら、講習テキストに「笑う角には〜」と書かれていました。

隅み(すみ)っこで笑うのではなくて、世間に向けて大笑いしなければ、と思い浮かべたことがあり、そのときに感じたことが今回の「笑う門には福は内」という諺(ことわざ)のもじりの言葉を使うようになったきっかけとなっています。

笑いが起こるような講習は、どんな思いでやっているのか、どんな結果になることを望んでいるのかについては、次回に続きます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「三度目の正直」という諺(ことわざ)は、初めや二度目はうまくいかなくても、三度目は確実であるという意味で、勝負事や占いなどに使われることが多くなっています。

二度目までは失敗しても問題はなくて、三度目に成功すればよいという意味でも使われるのですが、初めから失敗を前提にしているのではなくて、私たちは1回、2回の挑戦は成功ではなくて、3回の挑戦で成功とするという意味合いで使っています。

日本メディカルダイエット支援機構の資格認定講習で、「三度目の正直」という言葉を使うと、リバウンドのことを言っていて、2回くらいダイエットに失敗してもよいではないか、最終的に成功すれば、というような言い訳がましく聞こえることもあるようです。

しかし、私たちはリバウンドを善としているわけではありません。

リバウンドというのは、やせたあとに体重が元に戻ってしまうことを一般には指していますが、元に戻ったというのは本人が感じているだけで、実際には元の状態ではありません。

食事を減らしてやせると体脂肪だけでなくて筋肉も減ります。そのあとに太ると、筋肉は増えていなくて増えたのは体脂肪だけです。脂肪を代謝する筋肉が減るということは以前よりも太りやすく、やせにくくなったわけで、前よりも悪い状態になっています。こればリバウンドの実際の意味です。

今回のテーマは「三度目の正直」ではなくて、「二度あることは三度目の正直」です。私たちの講習は3段階方式を採用していて、初級、中級、上級とステップアップしていきます。上位の資格認定者が下位の資格認定講習を開催できる仕組みですが、初級、中級と二度の講習を経て、三度目の上級資格認定者となって、教育システムの中核を占める存在になってほしいという思いを込めています。

それを説明するために、資格認定講習の初めに、「二度あることは三度目の正直」という言葉を使って説明しているのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「二度あることは三度ある」というのは、良いことがあったら、それが続くことを表すために使われることがある一方で、悪いことが続いて起こることにも使われます。

日本メディカルダイエット支援機構が実施する資格認定講習は、初級、中級、上級の3段階方式を採用していて、初級資格認定者は中級講習を受講して、試験に合格すると中級認定者となります。さらに上級講習を受講して試験に合格することで上級認定者となることができます。

これは「二度あることは三度ある」ということですが、中級資格認定者は初級講習を開催することができて、上級資格認定者は中級講習を開催することができるという段階システムになっています。何も新たな方式ではなくて、昔から日本に根付いている家元制度を見習ったものです。

上級資格認定者になると、単なる講師ではなくて、家元制度の役員のような立場で資格認定講習を進めることができます。

何度か挑戦して中級、上級と上がっていくのは「三度目の正直」といえることですが、この教育システムを表す言葉として2つの諺(ことわざ)を組み合わせた「二度あることは三度目の正直」を作りました。そして、資格認定講習でも説明のために用いています。

3段階方式の資格認定講習は、通常は初級を広めるための方法として実施されることが多く、初級講習のテキストが中級講習でも使われます。同じ内容の詳細情報を学び、初級講習を実施できるようにするのが通常の方法です。そして、上級講習は運営に必要なことを学ぶというものです。

それに対して、私たちの3段階方式は、初級、中級、上級で内容が異なっています。メディカルダイエットアドバイザーの場合には、初級講習と中級講習でメディカルダイエットのノウハウを身につけることができます。そして、メディカルという立場で、知識を発揮できるように上級講習の内容が決定されています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「恩を仇で返す」をもじった「オンをオフで返す」は、つまらないと感じさせるような話をしたときに聞いている方からの反応を表しています。

資格認定講習で話したことに質問があったときに、それを無視するように講習テキストに沿った話を続けるようなことも「オンをオフで返す」態度となってしまうのですが、そんなことでは受講者からも「オンをオフで返す」というリアクションなしの面白くない講習にもなりかねません。

コロナ禍でのオンライン講習から経験したのは、しっかりと理解してもらい、それを活かしてもらうためには、テニスや卓球のようなラリーの応酬が必要だということです。

どうしても画面越しの対面では、表情が見えず、表情の裏の思いや意図が伝わらずに、頑張って講習をした割には、頑張って受講した割には「オンをオフで返す」ような結果となってしまいかねません。

そんなことを避けるために、資格認定講習では「ギブアンドギブ」ということも話しています。これは「ギブアンドテイク」(give and take)のテイク(相手から得る利益)ではなくて、相手に利益を与えるギブに変えています。

ギブにギブを重ねて、それで当たり前という感覚で、1回のギブで1回のテイクを求めるのは、教える側としては欲張りすぎという感覚です。

give and giveどころか、give and give and giveでも、さらにgiveを重ねてもよいくらいです。つまり、give and give and give and giveと利益を与えて、その重要性に気づいてもらえればよいとの考え方をしています。

というのは、私たちの講習は初級、中級、上級の3段階方式を採用していて、学んだ方が次の機会には教える立場となっていく教育システムだからです。

つまり、中級資格認定者が初級講習を行い、上級資格認定者が中級講習を行う形で、学ぶ側の気持ちがわかって、教える側になるというときには、しっかりと伝わるように努力をすること、理解したことが活かせるようにメリット(利益)と感じることを繰り返し提供することを指しています。

とはいっても、それをランクアップした資格認定者にすぐに求めるのは酷なことで、もう必要ない、それ以上は余計なお世話というくらいに、私たちは情報を提供しています。この“小さな親切、大きなお世話”と言われるくらいになるまで、私たちのgiveは続きます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

よかれと思ってやったことなのに迷惑がられるのは誰しも経験していることかと思います。よかれは、良かれとも善かれとも書かれるのですが、自分たちとしては“善かれ”を使うようにしています。

その善かれと思ってやったこと、それも押しつけでもなく、感謝を期待してのことでもないのに、無視されるならまだしも、“悪しかれ”で返されることもあります。

そんな経験を資格認定講習の場で話すときに、よく使っているのが「オンをオフで返す」という諺(ことわざ)をもじった言葉です。もちろん、元の諺は「恩を仇で返す」で、仇は“かたき”ではなくて“あだ”です。

恩をオン(on)にして、その対義語のオフ(off)を合わせて作った言葉ですが、講習で使ったときの反応は、そこそこです。

しかし、その意味するところを話すと、ほとんどの方に理解してもらえます。そして、私たちの講習が目指しているところもわかってもらえます。

その意味するところというのは、私たちが恩を受けたオンをオフで返すという恩知らずの行為ではなくて、講習で知識を伝えるようにスイッチをオンにしたことが伝わらないとオフで返されることがあるということです。

聞いている方のことを思い、しっかりと伝わるように話さないで、講習テキストに沿った話をするだけだと、受け入れてもらえないことがある、ということを話しています。

というのは、私たちの講習は初級、中級、上級の3段階方式を採用していて、学んだ方が次の機会には教える立場となっていく教育システムだからです。

初級、中級と学んでいくときにも、自分が中級となって教えるときのことを考えて、しっかりと理解することが大切で、理解できていないところがあるまま放置しておいたら、教える立場になったときに充分に伝わらなくて、オンをオフで返されるようなことにもなりかねない、ということが伝わるように話をしているのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

栄養学の重鎮の体験談に続いて、今回は臨床栄養の重鎮の体験談です。その話を聞くことができたのは、前回の糖尿病患者は尿から糖が多く排出されるので糖を戻してやるという今では、どう考えても違っているだろうという逸話を話したときのことです。臨床栄養の重鎮なので、栄養学の重鎮のことも知っていて、実際に戦後の混乱期の糖尿病患者の約束食事箋ではあったことも承知していました。

その臨床栄養の重鎮は、国立大学の医学部を卒業して医師となり、大学病院に配属されたのですが、そのときに教授でもある大先輩の医師から指示されたのは「腎臓患者は尿からタンパク質が排出されるので、食事のたんぱく質を増やす」ということでした。

たんぱく質は食品に含まれているものを指していて、タンパク質は体内にあるものを指すというように、ここでは使い分けています。

尿検査で蛋白尿が調べられるのは、尿に含まれるタンパク質の量が腎機能のバロメーターになっているからです。タンパク質は身体にとって大切な構成成分であるので、健康な状態ではタンパク質を排出するようなことはなくて、尿にタンパク質が混ざるようなこともありません。

ところが、腎臓の疾患になると、腎臓で濾過をする糸球体をタンパク質が通過して尿に混ざるようになります。

尿蛋白が出る腎臓病としては、糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、腎硬化症、ネフローゼ症候群があげられます。

糸球体を通過しないはずのタンパク質が通過する状態は、糸球体にも大きな負担になります。そのために尿にタンパク質が出ること自体が腎臓病の進行を早めることになります。そのため、たんぱく質の摂取量を減らすのか腎臓病の食事療法の基本となります。

それなのに尿から排出されるので、元に戻そうとするのは足元から掬われた(すくわれた)ようなもので、これは今の常識は間違いかもしれないと思って、常に勉強をして、最新情報を得ることが重要という戒めとなっています。

このことを伝えるために、講習の場で「信じるものは掬われる」という諺もじりを使って話をしているのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

これまでの常識は間違っているのではないかと常に疑ってかかるというのは、あまり気分がよくないことかもしれませんが、学校で学んで常識として覚えていたことが逆転したという体験談を栄養学の重鎮から聞きました。

随分と昔の体験で、終戦後に栄養士として病院に配属されたときに、医師からの糖尿病の約束食事箋(病院給食の処方箋に該当)で糖分を多くすることが指示されていたといいます。

尿から糖が多く排出されるので、それを食事で補うように指示されたということです。

現在の常識では、糖尿病は糖質の中に含まれるブドウ糖が血液中で多くなることが原因で起こり、食事では糖質を減らしぎみにするということになりそうです。それなのに糖質を多くすることを指示されたという話をしてくれて、今の常識はいつまでも常識ではない、いつ非常識になるかわからないという戒めとして伝えられています。

これで話は終わりではなくて、病院の栄養管理では、糖尿病の予備群の人には糖質を減らしても、糖尿病になった場合には、ご飯を多くした食事が出されます。糖尿病になるとご飯の量を減らさなければならないと思っている人には、「この病院の栄養管理は大丈夫か」と思ってしまうような驚きを与えます。

“てんこ盛り”のご飯は常識はずれと思われるところですが、糖尿病患者の糖質(炭水化物)のエネルギー量での割合は40〜60%とされています。

量の多さだけでなく、20%もの開きがあることも驚きを感じさせるところですが、糖尿病が進行してくると膵臓から分泌されるインスリンの量が大きく減るために、ブドウ糖の取り込みが大きく減ります。

そんなところに糖質を減らしたら、全身の細胞が必要とする重要なエネルギー源のブドウ糖が不足して、細胞レベルからの健康が保てなくなります。だから、インスリン分泌に合わせた糖質の調整が必要になるのです。

糖尿病は血糖値(血液中のブドウ糖の量)で判断されるもので、ブドウ糖が少なければ血糖値は下がりますが、だからといって糖質制限をすれば糖尿病が治る、健康が保たれるというような安易な考え方をしていると、まさに足元から「信じるものは掬われる」ということになりかねないのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕