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厚生労働省から、「健康づくりのための睡眠ガイド2023」が発表されました。
以下に、「健康づくりのための睡眠ガイド2023」の高齢者版の「取り組むべきこと」の各項目を紹介します。

〔床上時間について〕
高齢世代では、長い床上時間が健康リスクとなるため、睡眠時間よりも床上時間を重視しましょう。

床上時間の目安は、1週間の平均睡眠時間(実際に眠っている時間)+30分程度です。床上時間が8時間以上にならないことを目安に、必要な睡眠時間を確保するようにしましょう。

なお、必要な睡眠時間には個人差があり、特に高齢世代でも日中に忙しく過ごしている人においては、成人と同等の睡眠時間が必要な場合もあります。個人差を考慮しつつ、6時間以上を目安として睡眠休養感が得られるよう、必要な睡眠時間を見つけましょう。

〔睡眠休養感の確保について〕
睡眠時間を十分に確保しているにもかかわらず、睡眠休養感が低い場合は、以下の対応が有効な場合があります、

◎床上時間
*長根を習慣としているような場合、床上時間が8時間以上にならないように制限することが、睡眠の質を高めることに役立つ可能性があります。

*まずは自身の睡眠状態を1週間記録してみましょう。ポイントは、床上時間(床に入っている時間)と睡眠時間(実際に眠っている時間)を区別することです。

*自身で床上時間を短縮する際には、6時間を限度にすることをお勧めします。その際、寝床で考えごとをするのは避けましょう。なかなか眠れないときは、いったん寝床を離れ、寝床以外の静か暗めの安心感が得られる場所で、眠気が訪れるまで安静状態で過ごします。そして、しばらくして眠気が訪れてから寝床に戻りましょう。

また、眠気を妨げうる寝室環境(たとえばテレビやラジオをつけながら寝る、電気をつけたまま寝る)は、気づかないうちに良眠の妨げとなっている可能性があるため、改善するよう心がけましょう。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

厚生労働省から、「健康づくりのための睡眠ガイド2023」が発表されました。
以下に、「健康づくりのための睡眠ガイド2023」の高齢者版の「床上時間と健康との関係」を紹介します。

〔床上時間と健康との関係〕
定年退職などを迎え、自宅で過ごす時間が増えるとともに、育児などの家庭内での役割も徐々に減少するため、必要な睡眠時間に対して床上時間が相対的に過剰となる傾向がみられます。

65歳以上の高齢世代では、睡眠時間と総死亡率の関連は明確にならず、床上時間が約8時間以上の場合に総死亡率が増加することが報告されています。さらに、活動量計を用いて床上時間を測定した別の調査研究でも、長い床上時間が総死亡率の増加と関連することが示されています。

これらは、高齢世代では睡眠時間の長短よりも、床上時間が長すぎると不良な健康状態をもたらしうることを示しています。

さまざまな健康上の問題(心血管疾患、呼吸器疾患、腰・膝などの関節疾患など)から、寝床で過ごす時間を減らすことが難しい人もいますが、前述の研究結果は、必要以上に活動を控え、寝床で過ごす時間を増やしすぎると、長期的な寿命短縮リスクは、むしろ増加する可能性を示しています。

〔睡眠休養感の欠如による健康へのリスク〕
アメリカの地域住民における調査では、65歳以上の高齢世代では、床上時間が長く(8時間以上)、かつ睡眠休養感(睡眠で休養がとれている感覚)が欠如している場合に死亡リスクが増加することが示されています。

何らかの病因により2年以内の死期が迫り、やむなく床上時間が増加してしまった可能性がある人を除いてもなお、死亡リスクと床上時間、睡眠休養感の関係は同様な傾向が示されました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

岡山に移住して3年ほど経ったときに、目的とした仕事がなくなり、今さら東京に戻って仕事を再開させるわけにもいかなくなり、定年年齢とされる65歳が近いことに直面したときに、年齢をレベルで示すことにしました。

年齢にこだわらないことにして、3年間は自分の記憶から消して、今後は毎年レベルアップしていく仕事に励もうと考えたからです。

現在はレベル69ですが、このレベル示すようになってから「レベル100を目標とした69ではないか」と思われることが多くなりました。

100までとしても69は、すでに全体の7割近くが過ぎていて、年齢を重ねるほど若いときよりも何事も時間がかかるようになるので、実質的に使える時間は短くなっていくという感覚が一般的なようです。

しかし、自分の考えを実現させるために使うことができる時間は、以前に比べると長くなっていると感じています。

人生を20年ずつ区切って考えてみると、小学校に通い始める6歳から25歳までは学ぶ期間であり、自分のことだけに当てることができる20年間といえます。これに続く26歳から65歳までは個人によって違いはあるとしても、仕事をしていて、家族のためにも時間をかける40年間とされます。そのため、自分のために使うことができるのは3分の1と考えることができます。

現役世代として働くのは以前は60歳までとされてきましたが、定年年齢は徐々に引き上げられ、2025年4月からは65歳までの雇用が義務づけられるので、65歳としてみました。

私の暦年齢は69歳ではあるものの、3年を差し引いて66歳とすると、85歳までは20年あることになります。85歳は、自分の勝手な計算から割り出した年齢です。

66歳から85歳までの20年間は、稼ぐための仕事と家族に当てる時間は少なくてもよいので、ほとんどを自分のことだけに当てることができる時間と考えることができます。それまでの20年間の3倍もの時間があります。

このようなことが考えられるようになったのは、日本人の平均寿命が大きく延びたからで、終戦後(1947年)に発表された平均寿命は50歳でした。それが今では男性は80歳を超えて、30年も長生きになっています。

30年といえば一世代分の長さです。この長くなった寿命を世の中の役に立つことに充ててほしいという思いから、多くの人が取り組むことができる健康づくりの場を構築する活動を始めています。

その活動は、地域の健康づくりを本気で進めるための「健康デザイン」です。自分の身体年齢を知り、現状に適した健康の維持・増進を図っていく方法を伝え、実践していく方と一緒に走り続ける伴走者の立場で支えていくことを誓って、100日実践の締めくくりとしました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

私の思考の基礎は子どものときの経験が影響して作られましたが、現在まで続く思考を決定的にさせたのは50年前に巡り合った在家信徒グループでした。在家は仏教では出家しないで、家庭で世俗の生活を営みながら仏道に帰依する人のことです。

18歳のとき(1973年)に、東洋大学のインド哲学の教授と巡り合い、これを知ることができました。違う学部で学ぶ身でありながら学科の聴講もさせてもらい、在家信徒グループでも勉強の機会をもらいました。

現在の健康づくりに関わる仕事のきっかけは、大学3年生から始めたアルバイトである厨房機器の社団法人の機関誌の編集で、そこから病院の調理、病院の栄養管理、臨床栄養や健康に関わる団体、霞が関の行政機関の仕事、予防医学の研究機関へと移ってきました。きっかけから数えると、もうじき50年になります。

日本メディカルダイエット支援機構が内閣府から特定非営利活動法人(NPO法人)の認証を受けたのは2008年のことで、16年が過ぎました。ホームページの最新情報のコラム原稿は(6300本)を超えました。

2010年4月から毎週1回発信している健康情報メールは739号になりました。平日は1日も休まずに検索を続けています。これらは目標を定めることなく、行くところまで行こうとの考えで、時間さえあれば書き続けています。

倫理指導を受けさせてもらったときには、100日実践が済んだら「あと50か月」という短い期間を、いかに有効に活用するかという考えがありました。自分の年齢からいくと、日本人の男性の健康寿命の平均は72歳で、72歳の最後までの期間は2月からは50か月でした。

これは自分が岡山でやってきたことの延長でしか生きられないのではないかとの考えがあってのことで、100日実践で考え続けて、自分の価値が見出せたときに新たな期間を計算しようと考えてきました。

男性の平均寿命は81歳ほどで、健康寿命との差は9年ほどなので72歳という単純計算をしていました。平均寿命は、正式には“平均余命”といって、それぞれの年代が何歳まで生きられるのかという推定値です。0歳の子どもの平均余命が平均寿命となります。

5歳ごとの統計数字の発表ですが、自分の場合は1年ちょっとで70歳ということから、その歳での平均余命を見ると15.96年で、合わせると85.96歳となります。ここから健康寿命との差の9年を引くと77歳になります。

77歳の最後の月までの期間は、ちょうど100か月になります。そこまでは医療や介護に頼りきりにならずに自由に過ごせるとすると、初めに考えた50か月の2倍の期間があることになります。

年々、気力も体力も低下していく中で、継続させるために何をすべきなのかを常に考えることも才能ではないか、との考えを貫いて、「継続は才能なり」と自信を持って言えるときがくるまで、歩み続けることに決めました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

新型コロナウイルス感染症が蔓延していた3年間はマスクをしなければ他人と接触できないことから不自由を強いられましたが、この期間は偽らないで済む期間と感じることもありました。

閃輝暗点と視聴不一致から目の前にいる人の顔を見るのが辛いこともある自分にとっては、相手の口元を見ないで済むことも、相手から表情を読み取られないで済むことも、精神的には非常に楽な状態でした。

表情を見抜かれないで済む一方で、表情を見抜くことができないことは対人関係では辛い時期でもありました。それは見抜かれることの何倍も、見抜くことに力を注いできたことがあり、それがマスクによって妨げられることで、表情から考えていることが見抜けないことで失敗することが続きました。

そのようなことで相手の本心が見抜けなくなるようでは観察眼が足りないと言われることもあるのですが、脳科学を学び始めたときから、ずっと微表情(微細な表情の変化)によって本心を見抜くことを心がけ、それによって人間関係を作り上げてきたことから、それに頼りすぎていたところがありました。

微表情は、感情が顔に一瞬のうちに表れて消える表情のことを指していて、0.2秒以内の出来事です。その微表情は90%以上が見逃されているとされます。

どのような表情なのかというと、幸福(ほころぶ口元)、軽蔑(非対称な口元)、嫌悪(鼻の周りのしわ)、怒り(力んだ唇)、悲しみ(あごのしわ)、恐怖(下まぶたの緊張)、驚き(あんぐり顔)で、これらの万国共通で表されているのは7つのサインと呼ばれています。

この微表情のおかげで、腹の底が見えにくい政治家、役人、団体役員などとも、なんとか付き合ってくることができました。

微表情は隠そうとしている真実の感情が表れて、短時間で無意識に生じる表情であり、本人には露出しているかがわからないことから、相手の隠している感情を知る手がかりとして効果的です。

ところが、微表情によって嘘を見抜くことはできても、本人に嘘をついている意識がない、自分としては悪いことをしているつもりがないという人は微表情が表れにくいことがあります。また、まとまりのない思考や行動をしていても、本人としては特に変えていないつもりでいる場合にも表れにくく、見抜きにくくなっています。

微表情を見ることができることを知られると、心の底を見抜かれるようで付き合いにくい、できれば付き合いたくないという感情があるのは承知しています。微表情について口にしないほうが付き合いやすいことをわかっていながらも、あえて書き記したのは、そのことを隠して、偽って過ごす脳力が自分には備わっていないと考えているからです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

私がやってきたことは、初めての方には経歴を渡していますが、そこに書かれていることが事実であることがわかったときに、多くは3つの反応をします。それは一緒に活動しようとする人、人脈やコンテンツなどを利用しようとする人、そして離れていく人です。

話を盛っている人についても「偽る脳力」の中で書いてきましたが、私が書いていることが盛っていないことがわかり、その裏付けとエビデンスがわかった瞬間に離れていく人が目立っています。

その人については、共通の知人から“底が見えてしまうから”、“自分と比べられるのが嫌だから”というようなことを言っていましたが、それは仕方がないことで、どこの世界でもあることです。

どこの世界にも、というのは、私のような移住者に限らず、同じ地域での移動や転職などであっても言えることで、自分の防御範囲に踏み込んでくる(かもしれない)人に対しては拒否反応が示されます。

それは自分の仕事や活動を犯されることへの不安感や不信感もあって、こちらは仕事や立場を奪おうとしているわけでもなく、むしろ協力して高めてほしいと考えていても、拒否反応で済まずに拒絶反応を示されることも、これまで何度となく経験してきました。

アメリカに出向いて訪問販売業界(direct selling)の講師を務めたのは1999年から2001年のミレニアム(千年期)を跨いだ3年間で、これまで習慣的に続けられてきたことの変革が求められる時期でした。

当時のアメリカの業界団体の理事会社の社長が日本人で、仕事先の出版社の社長が大学同期だったとのことで紹介されました。

当時の私は病院栄養管理の研究所で、日本人の体質、サプリメント科学の研究をしていて、健康食品を規制する法律にも詳しかったことから、日本に進出している会社の講習に講師として呼ばれました。

2001年に厚生省と労働省が統合されて厚生労働省になり、健康食品に関する規制が変更される中で、2002年には健康食品に関わる専門家育成の通知が出されることがわかっていたので、そのときからは利益相反になることから3年限定の講習でした。

2000年には日本に進出している訪問販売業界の複数の国内の会社(自分の記憶では6社)の法律講師を務めました。対象は運営者側でしたが、1社だけ訪問販売を実際に手掛けるメンバーに直接講習をする機会がありました。

その後にも求められればアドバイスをすることはあったものの、2015年から消費者庁によって機能性表示食品制度が始まり、岡山に移住する前の2017年3月まで委員を務めていたので、利益相反の関係から健康食品業界との交流は途絶えていました。

多くの集まりを通じて知り合った方々の中には、私の栄養や運動、サプリメント研究の経歴を知って接触してくる方が複数いました。法律を遵守した活動をするなら応援をしようという気持ちもあり、求められれば話をさせてもらいました。

アメリカで訪問販売業界の講師を務めているときに、複数の大学を紹介してもらい、訪問販売を経済学として学ぶ機会を与えられました。

アメリカでは訪問販売は経済学の研究のテーマですが、これは訪問販売業界が財団法人を設立して、経済学部で寄付講習を行っていました。その財団法人による講習の講師は、私をアメリカに呼んだ会社の副社長であったことから、私も学ぶことができました。

法律を遵守した活動は大前提で、岡山でも正攻法での活動であれば応援する気持ちに変わりはなかったのですが、私がやってきたことを知ると離れていったり、遠ざけるようなことが目立つようになりました。

会の集まりの後に聞いてみたところ、私から叱られると思って離れていったという人もいて、私が退会したことを聞いて、ホッとしたという話をしていたということを、別の会員(入会以前から知っていた人)から聞きました。

これも私がやってきたことの結果で、仕方がないのかとも思うところですが、東京にいたときにも、そのようなことがなかったわけではありません。

健康食品の販売会社の法律コンサルタントをしていたときに、法律を遵守した活動をしているときには相談にくるのですが、法律を破るようなことをしているときに限って相談してこないということは、よくありました。

これも私に叱られることを心配してということでしたが、私に叱られることなどは、規制官庁(消費者庁、都道府県の薬務部署、警察など)に叱られることになり、仕事が続けられなくなることに比べたら大したことではありません。

取り返しがつかない状態になってから相談にこられるのは困ってしまうのですが、それでも知り合って指導したからには、少しでも被害を小さくするための対応をしてきました。

私が指導をした会社が連続して取り締まりにかかることがあり、中には6か月の措置命令を受けたところ、社長が逮捕されたところもありました。一時期、「小林に相談すると逮捕される」という噂が出たこともありましたが、抜け穴を教えるようなことをしていたわけではありません。

相談にくる会社の多くが、規制ギリギリのことをしていたり、時には踏み外していたところがあり、それくらい販売と規制の間で苦労をしている会社が多いことも知っています。

健康食品の販売を規制する法律としては、医薬品医療機器法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)、景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)、健康増進法、特定商取引法(特定商取引に関する法律)、食品表示法、食品衛生法などがあり、複数の法律を組み合わせて対応しなければならないことがあり、さらに法律や通知・通達が“お役所文書”であることからわかりにくいこともあります。

間違いやすいことなので専門家だから付き合うということがあっても、専門家だから付き合わないというのはあってはならないことと言いながらも、違った意味での“偽る脳力”を発揮する人が実際には多いことを強く感じているところです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

これまで書き続けてきたことを振り返ってみて、「自分の都合によって重要な軸を変える人とは付き合わない」ということを決断しました。

悪気があってやっているわけではなく、仕方がない事情があり、まとまりのない思考や行動になっている人が多いことも承知しています。それを自分でコントロールできない人もいて、“ほとんど病気”と周囲から言われることもあるようですが、あえて“病気”だと考えて対応するようになりました。

それは岡山に移住してから取り組んだ発達障害児の支援活動を通じて学んだことです。発達障害は病気であったとしても、それを本人にも保護者にも伝えることはなく、当たり前の存在として付き合うようにしています。

「みんな違って、みんな良い」の発想で、あえて変えようとするのではなく、そのままの存在であることを認めて、その上で自分の状態や状況によって距離感を保っていくという考えです。

発達障害児は、すべての子どものうち10人に1人という存在で、その特性は生涯にわたって続きます。発達障害児の支援活動をする中で、統合失調症についても研究を進めてきました。

統合失調症は成人の100人に1人の割合とされていて、発達障害がある人が統合失調症となる確率が高いことが脳科学の研究者との交流で気づかされました。

統合失調症は、考えや気持ちがまとまらない状態が続く精神疾患で、遺伝性が指摘されています(片親の場合は6%、両親ともの場合は48%)。脳内で情報を伝える神経伝達物質のバランスが崩れることが関係していると考えられています。

神経伝達物質で特に影響を与えているのはセロトニンとドーパミンで、これは発達障害にも共通しています。

症状は、陽性症状、陰性症状、認知機能障害に分けられています。

陽性症状は妄想、幻覚(幻聴、幻視)、思考障害があり、考えに一貫性がなくなる特性があります。陰性症状は感情の平坦化(感情鈍麻)、思考の貧困、意欲の欠如、自閉があります。認知機能障害は記憶力の低下、注意・集中力の低下、判断力の低下があげられます。

陰性症状と認知機能障害は発達障害の自閉症スペクトラム障害と似通っていることもあり、誤った診断をされる例も報告されています。

感情や意欲が低下する一方で、その状態を変えようとして行動的になることもあり、一般に診断される統合失調症の状態とは違うことから改善したと考えて、自信をもって積極的に動くようになります。

まとまりのない思考や行動になりがちですが、それが途切れることを恐れて、ますます行動的になっていきます。それが周囲に影響を与えて、時間泥棒になっても本人が気づかないのも、よくあることです。

統合失調症だから付き合わないということではなくて、それに似た行動を起こす人は少なくないことから、脳科学を研究してきた成果の一つとして決断するときの基準にしているのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

岡山に移住して、今年の4月で7年になりました。岡山では子どもの支援に取り組むようになりましたが、東京にいたときには公益団体を通じたり、社会福祉の研究が中心で、直接的な支援は臨床栄養での小児肥満や摂食障害などの個別対応くらいでした。

子どもの支援の中でも発達障害児に対しては、岡山県内で支援施設の運営をする特定非営利活動法人の設立の支援をして、監事も務めています。

発達障害児支援施設のレベルはピンキリですが、私が巡り会えたのは医療スタッフの理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などが個別に対応する特殊な療法を実施していて、多くの関係者に注目されています。

発達障害児は子どもの10人に1人の割合で、自閉症スペクトラム障害と注意欠陥・多動性障害のほかに学習障害があり、その対応が遅れていることは岡山県だけでなく、全国で問題となっていました。

その対応を的確に実施する方法が確立できれば、全国の発達障害児、その保護者の支援にもつながるという思いもあって、学習障害児童のための学習塾を運営する一般社団法人の設立にも、ここでも監事を務めていました。

先に書いたことと重なることですが、活動を始めたときには、知的な能力に支障はないのに学習障害のために充分に学ぶことができずに苦しんでいる子どもの支援を最優先させていて、私も力を入れて応援していました。学習障害専門の学習塾としては問題のない内容で、通塾する子どもも増えて、運営は安定してきていました。

ところが、発達障害児支援でよく指摘される「子どもが金に見える」ということが見えてきて、最後には一般社団法人に保護者が支払っていた学習塾の費用が、知らないうちに別法人の収入にされていました。

監事の役割としては、問題を知ったからには糾弾すべきだったのでしょうが、支援を受けている子どもには学ぶ機会が継続することが重要で、運営法人が揉めているようではよい結果にならないとの判断から、監事を辞することになりました。

それまでにかけた時間は、泥棒されたというよりも、自分から捨てたようなところがあるのですが、一つだけ時間泥棒をされたと思うしかないことがありました。

それは学習塾の活動を広く知ってもらうための書籍で、共著者として半分以上の原稿を提供しました。しかし、発行後に数冊受け取っただけで、原稿料もなく、私の原稿が教育の使われていることを後になって共通する知人から聞きました。

そのような時間泥棒の経験は何度もしてきましたが、その被害に今後が遭わないようにしたいという思いよりも、少なくとも自分が時間泥棒の加害者にならないこと、そのためにすべきことを全部するという考えに至りました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「明日できることを今日するな」というのは一見すると著名な諺(ことわざ)のようにも思えるかもしれませんが、そのような諺はありません。言いたいことを伝えるために、逆説的に使うようにしています。

諺のように使われているのは「今日できることを明日に延ばすな」で、今日すべきことを明日にしようと先延ばしをしていると、翌日も同じことを繰り返したり、その日に別の用事が入るなどして、いつまで経ってもできないということを指しています。

“諺のように”と書いたのは著名人の名言だからです。

原典は「Never leave that till tomorrow which you can do today」で、アメリカ建国の父と呼ばれるベンジャミン・フランクリンの言葉です。ベンジャミン・フランクリンというと、「Time is money」のほうが有名で、「時は金なり」と訳されています。

自分の時間をお金に変えるアルバイトでもサラリーマンでなくて、「時間はお金と同じで貴重なものだから無駄にするようなことがあってはいけない」という戒めです。

ところが、自分の時間どころか、他人の時間も大事に考えない人も少なくありません。このことについては先に「時間泥棒」という言葉を使って書いてきましたが、「今日できることを明日に延ばすな」とは逆のこととして「明日できることを今日するな」という言葉を使っているのは、私の大事な時間を蔑ろにした人に気づいてもらいたいからです。

このことを発しても、時間泥棒と同じで、気づいていない人がほとんどです。

「明日できること」は、無理をしてでもやっておかなければならないことではなくて、明日でも明後日でも変わりがないことで、それを先にやらせようとしている人に対して伝えようとして使っています。

1日にできることというのは、物理的には時間の余裕さえあればできることであっても、精神的・心理的な面では集中してできない、実施するためには相当の気力を使うということでは長続きできなくなります。

継続してこそ効果がある、成果があげられるということなのに、あまりに急いでやらせようとするとタイムスケジュールはこなせたとしても、実質が伴わない“質が低い”仕事になってしまうことにもなります。質が伴わないことは、一つひとつでは影響を与えるようなことはなくても、積み重なっていくと大きなズレにもなりかねません。

何もかも先延ばししてよいということではなくて、「明日できること」を選択して、それを実施するまでの時間に再考する、他の方法がないかということも考えることができます。その意味を込めて「今日するな」と言うようにしているのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

被害を与えられた人にとっては、とんでもないことをされたと感じていても、被害を与えた人は何も困ったことが起こってはいないので何も感じないということがあります。

このことは「足を踏んだ人は痛みがわからない」という表現をされますが、「足を踏まれた人の痛みは踏まれた人にしかわからない」と言い換えられることもあります。

これは時間泥棒をされた場合も同じことで、時間を泥棒された人の辛さ、苦しみは盗んだ人にはわかりません。わかってほしいと訴えても暖簾に腕押しで、そもそも時間を泥棒したとも気づいていない人が多いのが実情です。

その苦しみを第三者を介して伝えたとしても、お金を失ったわけではないので平気ではないか、お金の話であれば同じ金額で賠償すればよいのではないか、要した時間だけ相手にも時間をかけさせるから問題はないではないと言われたこともあります。

しかし、他人の時間を償うのは容易ではありません。自分が失った時間と同じ時間をかけてもらえば、同じ成果が得られるというものではありません。私がかけた時間は経験と実績があるから短時間でできたことで、同じ時間をかけてもらっても半分にも満たないことがあるからです。

自分の能力と、かかる時間で判断してはいけないということですが、他人の時間を蔑ろにする人ほど、他人の時間を大事に思わない傾向があります。

「お互い様だから」と言い、自分が足を踏まれることもあるだろうから、そんなに目くじらを立てることではないと言われることもあります。しかし、それは時間の重要さが、それぞれの人で異なっていて、その時間が生み出したことの価値がわからない人が口にすることです。

私の場合は時間泥棒をされたといっても、時間をかけたことに対して報酬がもらえなかった、期待した金額に達しなかった(雲泥の差、月とスッポンくらいの開き)ということくらいです。

貴重な時間を盗んだ人は、足を踏んだ側であって、踏まれた痛みを感じろと迫っても、理解することはできないことだと諦めるようにしています。

そもそも、そのような反応をする人と付き合ったことが間違いであったということですが、そのことを記憶から消さないように「ONをOFFで返す」というギャグを講演などで使うようにしています。もちろん、これは「恩を仇で返す」のもじりです、
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕