「豆乳の日」日本豆乳協会が豆(10)乳(12)の語呂合わせで制定。
毎月12日:「パンの日」(パン食普及協議会)、「育児の日」(神戸新聞社)
「豆乳の日」日本豆乳協会が豆(10)乳(12)の語呂合わせで制定。
毎月12日:「パンの日」(パン食普及協議会)、「育児の日」(神戸新聞社)
食事に関わる情報収集と発信は、大学4年生のときに始めた厨房機器業界の機関誌『月刊厨房』から始まり、調理師団体(全国病院調理師協会)、栄養士団体(日本臨床栄養協会)、病院給食委託団体(日本メディカル給食協会)、巡回健診団体(日本健康倶楽部)と重なった期間がありながら変化していきました。
これと並行して『日本種苗新聞』などの食に関わる業界の仕事をしてきましたが、それは食品のプラス効果(栄養など)だけでなく、マイナス面(危険性など)についても知って、食べる自分たちにとってのコントロール法(アクセルとブレーキの使い分け)を知りたい、真実を伝えていきたいという思いがありました。
食品の有効性を伝えるメディアはマイナス面を避けるところがあり、危険性を伝えるメディアは食のプラス面に目がいかないことを、出版の世界にも携わってきて、いつも感じていました。
農業関係団体は、有効性と安全性の両方を発信していますが、なかなか表向きの取材では知ることができない「業界人は知っているが、消費者などには知られてはいけない食品に関する事実」を知ることができました。
これは子どものときに暮らしていた山奥の村の隣の家のお兄ちゃんが、後に農業団体の中央組織の広報部長を務めていて、それもあって農薬、ポストハーベスト、食品添加物などについて、生産から加工、流通、販売の関わりから知ることができました。
その内容は、これまで食品の危険性を声高に伝える書籍や雑誌などとは随分と違っていました。これは書籍として残すべきという思いもあって、通常の出版社ではないところ(コミックの出版社の子会社)から1995年に『安全な食べもの事典』を発行しました。
書いたのは私ですが、情報収集に協力してくれた方々と活動していたグループ名での執筆としました。
そのきっかけは、1993年の“平成の米騒動”を受けて、食品の中身が大きく変わったタイミングでした。なぜ海外からの米の輸入が大きく増えたのに検査で農薬検出が減ったのか、日本で禁止された農薬が海外に輸出されて使われている事実についても書きました。
加工食品のPRは、テレビ番組(全国キー局)の食と健康に関わる記念日を担当したときから間接的に関わってきましたが、その成果もあって、2002年に納豆業界、2003年に豆腐業界、2004年に豆乳業界の全国広報を担当して、3つが重なっていた時期は3年間ありました。
テレビ、新聞(日刊紙、業界紙)、週刊誌、月刊誌が中心であったので、どうしてもプラス効果(主には健康面)の広報となりましたが、こういった流れがあると食品の危険性を訴える流れが出てくるのは仕方がないことです。
食品のリスクについても知っていたことから、アクセルとブレーキの使い分けを上手にした広報活動をすることができました。
このときの経験は、消費者庁の機能性表示食品に関する委員として加わったときにも役立ちました。今でも両方の立場から伝えてくれる研究者は、あまり多くはないことから、この年齢になっても、何か社会的な問題があると問い合わせがあるので、食に関わる情報収集、分析で気を抜くことはできません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
日本人は世界1位の長寿を誇っています。女性が1位、男性が3位ではあっても、男女平均ではトップの平均寿命となっています。これは、もともと長生きの要素を持っていたのに栄養的に不足しているところがあり、これは生活が豊かになったことで補われた結果だと考えられています。
健康的に長生きするためには、以前は魚食がすすめられていました。これは肉食を減らすことが前提の話で、肉(獣肉類)を多く食べながら魚も多く食べようということではありません。
肉も魚も同じ良質な動物性たんぱく質であることに違いはないものの、主な脂質(脂肪)に違いがあって、肉には飽和脂肪酸が多く、魚には不飽和脂肪酸が多くなっています。飽和脂肪酸は血液ドロドロ系、不飽和脂肪酸は血液サラサラ系の性質があります。
ところが、日本人の高齢化が一気に進み、65歳以上であっても身体的に若い人が増えてきて、平均寿命、健康寿命ともに延びています。身体の状態を検査すると20年前に比べて、10歳以上も若くなっているとの報告もあります(日本老年学会、日本老年医学会)。
その理由の一つとして、肉のたんぱく質があげられていて、医師の中には「高齢者は肉を食べろ」という人も増えてきています。これは平均寿命、健康寿命を食生活と比較した調査があり、その中で肉を多く食べる高齢者でよい結果が得られていたからです。
この結果は、以前から「肉を多く食べていたから健康なのか、健康だから肉が多く食べられるのか」という疑問が示されていました。しかし、肉食が増えてきたことから血管が丈夫になったのは事実です。
以前に日本人は肉の摂取が不足していたために血管が切れて、これが脳血管疾患、心疾患(心臓病)で亡くなる例が多くなっていました。それに対して今は肉の摂取が多くなりすぎてコレステロールが過剰になって動脈硬化で亡くなる例が増えてきました。
この中間の状態が血管を丈夫にして長生きする条件ということで、肉は適度に食べること、他のものも満遍なく食べるというバランスが大事という当たり前の結論になりそうです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
子どもの成長に必要な栄養素は、成人と同じだと考えられがちです。また、同じバランスで身体の大きさに応じて量を減らせばよいとも考えられがちです。医薬品の場合には、子どもは大人の半分ほどという目安が設けられている種類もあるのですが、栄養素の場合には身体の大きさによって全体的に減らせばよいというものではありません。
大人は身体に取り入れた摂取エネルギー源が増えれば体脂肪が多く蓄積される、摂取エネルギー量よりも使われる消費エネルギー量が多ければ体脂肪が減るというように、出し入れのバランスで考えることができます。
これは自動車にたとえると完成した車体にエンジンを動かす分だけのガソリンを入れればよいという感覚に似ています。ところが、子どもの場合には未完成な状態から完成形の車体に年月をかけて近づけていくということで、走りながら車体を作っているようなものといえます。
その発育中の子どもの社会を作るための栄養素というと、筋肉、内臓、骨、脳などの材料となるたんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラルなどを摂ることが重視されます。そのこと自体は間違いではないものの、自動車工場で部品から車体を組み立てていくときには、その作業に携わる人の身体活動のためのエネルギーもいれば、電気も必要になります。
その身体のためのエネルギーを作り出すために必要になるのが三大エネルギー源の糖質、脂質、たんぱく質です。この三大エネルギー源は、身体に取り入れれば、つまり食品を食べれば、そのまま身体の中でエネルギーになってくれるものではありません。
エネルギー化させるためには、エネルギー代謝のメカニズムに合ったビタミン、ミネラル、そして代謝促進成分が必要になります。この代謝を促進するために使われる成分を三大エネルギー源とともに不足することがないように、子どもには摂らなければならない成分があるのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
「ハンドケアの日」カエタステクノロジー(東京都千代田区)が手(10)にいい(11)の語呂合わせで制定。
「爪休みの日」シミックCMO(東京都港区)が足の指はトウ(toe)から10と11で足爪にいいと読み、足爪を休めてケアをする日として制定。
毎月11日:「果物の日」(全国柑橘宣伝協議会、落葉果実宣伝協議会)、「めんの日」(全国製麺協同組合連合会)、「ダブルソフトの日」(山崎製パン)、「ロールちゃんの日」(山崎製パン)
1995年は、私にとって大きな転換点となる年だったということは、これまで何回か書いてきましたが、もう一つ記憶と記録に残るのはオウム真理教事件でした。東京の地下鉄サリン事件では、一緒に仕事をしていた広告代理店の営業マンが同じ地下鉄に乗っていました。
無事に帰還したときに連絡があり、その体験談が聞けるものと思っていたら、いつ死ぬかわからないので好きな仕事をしたいということで健康関連の執筆の依頼がありました。
地下鉄サリン事件は、警察庁による正式名称は「地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件」といいます。この話を聞いたのは、その年に教祖が逮捕されましたが、そのときの指揮をとっていた当時の警視総監からでした。
事件の前年に警察庁次官から警視総監になっていますが、前職は1年間の在職だったので、事件の解決のために移動になったのは周囲も認めていました。在籍したのは2年ほどでしたが、元総監となってから会ったのは制服組の公務員の婚活を進める団体のトップになるというタイミングでした。
この婚活組織は私が企画立案しました。制服組というのは警察官のほかに自衛官、消防官も含めています。
自衛官では、海上自衛隊出身の方と知り合いました。1995年には私は東京・原宿に住んでいて、近くに東郷神社がありました。御祭神の東郷平八郎は元海軍大将で、境内には旧海軍、海上自衛隊のOBの交流会である水交会がありました。
ここで当時の海上幕僚長と東郷神社の祭典で知り合いましたが、その後に統合幕僚会議議長となり、退官後は水交会の理事長、会長を務めています。
制服組の婚活ということで、すぐに思い浮かべて連絡をとりました。
全国の消防局の議長は東京消防総監ということで、退官後に市民防災研究所の理事長となっていた元総監に消防官の取りまとめをお願いしました。
婚活の団体としては一般財団法人としたのですが、自衛隊、警察、消防の所管の順序(自衛隊は国、警察は都道府県、消防は地方自治体)もあり、年齢、過去の実績などもあって、誰をトップにするかで揉めました。
揉めたといっても、当人同士ではなくて周囲の方々の声によるものですが、法律上では理事長は1人に限られていないことがわかり、3人が理事長ということで決着をつけました。このときの経験は、その後の組織づくりでも役に立ち、また制服組のOBの人脈は東京にいたときだけでなく、岡山に移住してからも恩恵に預かりました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
第3の居場所、第4の居場所を提供する活動をしていると、「あなたにとっての居場所は何ですか」と聞かれることがあります。
通常なら第1の居場所は家、第2の居場所は仕事場、第3の居場所は家と仕事場以外の交流の場、第4の居場所は交流から始まる新たな世界(活動の場)ということになります。
今現在のことで言うなら、第1の居場所(first place)は日常生活をする家で、第2の居場所(second place)は仕事をする場=住んでいる家で、第3の居場所(third place)は私が代表を務めるNPO法人日本メディカルダイエット支援機構の主たる事務所です。
そして、第4の居場所(fourth place)は、もう一つの私が代表を務めるNPO法人セカンドステージ連盟ということになりそうです。第3の居場所のNPO法人は自宅を事務局にしていますが、第4の居場所のNPO法人のほうは役員が代表の会社が事務局を兼ねています。
第4の居場所のセカンドステージ連盟については次回(4thプレイス9)で紹介させてもらいますが、第1の居場所、第2の居場所、第3の居場所が同じであるので、職住一致の状態です。
生活の場と仕事の場が同じというのは農家も商家も職人も、かつては一緒のところというのは当たり前の時代がありましたが、それ以外の活動の場も同じというのは、かつてはなかったことです。
そこから時代を経てリモートが当たり前の世の中になり、仕事が公益活動の一環ということが増えてくると、第1から第3の居場所が同じということも随分と増えてきました。
これ以上、同じ場所で実施する活動が重なったら、まともに動けなくなるのではないかと思っていたときに、私が関わる他の3つの公益法人が同じ方向を向いて歩むことができることがわかり、第4の居場所としてNPO法人セカンドステージ連盟の活動に取り組むことができるようになりました。
そのおかげで、第3の居場所が第1と第2の居場所を兼ねるという暮らしを楽しい状態にすることができるようになりました。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕
10月11日
「ハンドケアの日」カエタステクノロジー(東京都千代田区)が手(10)にいい(11)の語呂合わせで制定。
「爪休みの日」シミックCMO(東京都港区)が足の指はトウ(toe)から10と11で足爪にいいと読み、足爪を休めてケアをする日として制定。
毎月11日:「果物の日」(全国柑橘宣伝協議会、落葉果実宣伝協議会)、「めんの日」(全国製麺協同組合連合会)、「ダブルソフトの日」(山崎製パン)、「ロールちゃんの日」(山崎製パン)
10月12日
「豆乳の日」日本豆乳協会が豆(10)乳(12)の語呂合わせで制定。
毎月12日:「パンの日」(パン食普及協議会)、「育児の日」(神戸新聞社)
10月13日
「さつまいもの日」川越いも友の会が、さつまいもが栗(九里)より(四里)うまい十三里と呼ばれることから制定。
「豆の日」全国豆類振興会が陰暦の9月13日は十三夜の名月に丸い豆をそなえる豆名月の風習があったことから新暦の10月13日を制定。
「世界血栓症デー」日本血栓止血学会が血栓症の言葉を作ったドイツの病理学者ルドルフ・ウィルヒョウの誕生日の1821年10月13日にちなんで制定。
「ピザまんの日」日本加熱食品協会が温かい食べ物がほしくなる10月とピ(1)ザ(3)まんの語呂合わせで制定。
「森永乳業・ソイラテの日」森永乳業がコーヒーの日が10月1日、豆乳の日が10月12日であることから足して制定。
「キングドーナツの日」丸中製菓(兵庫県加西市)がドーナツのドー(10)、トランプの13はキング、十三の十と三を組み合わせると王になることから制定。
「スポーツアミノ酸の日」味の素がスポーツの日の前日になることが多い10月第2日曜日を制定。
毎月13日:「一汁一菜の日」(一汁一菜ぷらす・みらいご飯)、「お父さんの日」(ヤクルト本社)、「登山の日」(ICI石井スポーツ)
10月14日
「焼うどんの日」焼うどん発祥地の北九州市小倉の小倉焼うどん研究所が2002年10月14日に焼うどんバトルを実施したことにちなんで制定。
「塩美容の日」ドクター・プラーナビー(神奈川県横浜市)が、いい(1)お(0)塩いい(1)し(4)おの語呂合わせで制定。
「フルタ生クリームチョコの日」フルタ製菓(大阪府大阪市)が、いちばん(1)お(0)い(1)しい(4)の語呂合わせで制定。
「美味しいすっぽんの日」大東ライフ(東京都中央区)と井寺すっぽん養殖場(熊本県山鹿市)が、いちばん(1)おいしい(014)の語呂合わせで制定。
「プラレールの日」タカラトミーが鉄道の日にちなんで制定。
毎月14日:「ひよこの日」(ひよ子本舗吉野堂)、「丸大燻製屋・ジューシーの日」(丸大食品)
10月15日
「きのこの日」きのこの健康効果の普及のために日本特用林産振興会が10月はきのこが最も多く扱われる季節で、その中日の15日を制定。
「すき焼き通の日」すき焼き愛好家のすき焼き連が、すき焼きに関する書籍『すき焼き通』が2008年10月15日に発行されたことから制定。
「九州あご文化の日」九州あご文化推進委員会が、あご(トビウオ)の漁が10月初旬まで続くことと、五十音の初め(1)があ、ご(5)の語呂合わせで制定。
「広島県民米あきろまんの日」JA全農ひろしまが広島県民米あきろまんが農林水産省に品種登録された1996年10月15日にちなんで制定。
毎月15日:「お菓子の日」(全国菓子工業組合連合会)、「惣菜の日」(日本惣菜協会)
10月16日
「グリーンリボンDAY」日本臓器移植ネットワークが臓器移植法が制定された1997年10月16日に由来してシンボルカラーに合わせて制定。
毎月16日:「十六茶の日」(アサヒ飲料)、「トロの日」(カッパ・クリエイト)
10月17日
「秦野名水の日」秦野名水ロータリークラブ(神奈川県秦野市)が設立日の1987年10月17日にちなんで制定。
毎月17日:「減塩の日」(日本高血圧学会)、「いなりの日」(みすずコーポレーション)、「国産なす消費拡大の日」(冬春なす主産県協議会)、「森のたまごの日」(イセ食品)
10月18日
「冷凍食品の日」日本冷凍食品協会が冷凍のトウ(10)から10月、冷凍食品の世界共通の管理温度がマイナス18℃以下であることから制定。
「ドライバーの日」物流産業新聞社が交通や流通などで活躍するプロドライバーに感謝することを目的としてド(10)ライバ(18)ーの語呂合わせで制定。
「世界ウェーブストレッチリングの日」日本ウェーブストレッチ協会がウェーブストレッチリングが発売された2005年10月18日にちなんで制定。
「ぴーなっつ最中の日」米屋(千葉県成田市)が、ぴーなっつ最中の発売開始の10月と、101が餡を挟んだ最中の形、8が落花生の形に似ていることから制定。
「天津飯の日」大阪王将が、てん(10)しん(1)はん(8)の語呂合わせで制定。
毎月18日:「防犯の日」(セコム)、「おにぎりの日」(中能登町)
10月19日
「熟成烏龍茶の日」日本コカ・コーラが熟(10月9日、19日)の語呂合わせで制定。
「医療用ウィッグの日」グローウィング(大阪府大阪市)が病院のマークが漢字の十に似ていることから10、ウィッグ(19)の語呂合わせで制定。
「洗濯を楽しむ日」パナソニック(ランドリー・クリーナー事業部)が10月19日を1019として、せん(1000)とく(19)=たくと読む語呂合わせで制定。
「いか塩辛の日」小野万(宮城県気仙沼市)が、いかの10本足から10月、熟(19)成された味から制定。
「おかやま米の新米記念日」JA全農おかやまが収穫最盛期の10月第3土曜日を制定。
「中性脂肪の日」中性脂肪学会が10月第3土曜日に学術集会を開催することから制定。
毎月19日:「いいきゅうりの日」(いいきゅうりの日プロジェクト)、「松阪牛の日」(やまとダイニング)、「熟カレーの日」(江崎グリコ)、「シュークリームの日」(モンテール)、「クレープの日」(モンテール)、「食育の日」(食育推進会議)、「イクラの日」(カッパ・クリエイト)
10月20日
「頭髪の日」日本頭髪科学協会が、頭(10)髪(20)の語呂合わせで制定。
「床ずれ予防の日」日本褥瘡学会が床(10)ずれ(20)の語呂合わせで制定。
「ゴースト血管対策の日」Tie2・リンパ・血管研究会が毛細血管の長さが10万kmであることから10月、Tie2の2と血液循環を意味する0を合わせて制定。
毎月20日:「ワインの日」(日本ソムリエ協会)、「信州ワインブレッドの日」(信州ワインブレッド研究会)、「シチューライスの日」(ハウス食品)、「発芽野菜の日」(村上農園)
「まぐろの日」日本かつお・まぐろ漁業協同組合連合会が奈良時代の歌人・山部赤人が聖武天皇のお供で10月10日にまぐろ漁で栄える明石地方で、まぐろ漁を称えた歌を詠んだことちなんで制定。
「トマトの日」全国トマト工業会がト(10)マト(10)の語呂合わせで制定。
「岡山県産桃太郎トマトの日」JA全農おかやまが10月はトマトのおいしさが増す時期で、ト(10)マト(10)の語呂合わせで制定。
「転倒予防の日」日本転倒予防学会が転(10)倒(10)の語呂合わせで制定。
「銭湯の日」東京都公衆浴場業生活衛生同業組合がスポーツで汗をかいたあとの入浴が健康増進につながるということでセントウ(1010)の語呂合わせで制定。
「千寿せんべいの日」鼓月(京都府京都市)が創業が1945年10月で、せんじゅが1010になることから制定。
「紀文・いいおでんの日」紀文食品が、いい(1)お(0)でん(10)の語呂合わせで制定。
「ポテトサラダの日」デリア食品(東京都調布市)が北海道産じゃがいもの収穫時期の10月、ポテト=PoTaToのTaToが1010をイメージさせることから制定。
「冷凍めんの日」日本冷凍めん協会が10月の0(冷)と10日の凍の語呂合わせで制定。
「おもちの日」全国餅工業協同組合が角もちと丸もちがならぶと1010に見えることから制定。
「ふとんの日」全日本寝具寝装品協会が10が2つで、ふ(2)とん(10)の語呂合わせで制定。
「お好み焼きの日」オタフクソースが鉄板のジュー(10)ジュー(10)から制定。
「チロリアンの日」千鳥饅頭総本舗(福岡県福岡市)がチロリアンが縦から見ると1に、横から見ると0に見えることから10が並ぶ日を制定。
「やわもちアイスの日」井村屋グループが小豆などの農産物の収穫時期の10月、やわもちアイスの容器を横にしたアイスとあんを1に、丸いおもちを0に見立てて制定。
「ちくわぶの日」阿部善商店(宮城県塩釜市)が、ちくわぶの棒状の形と穴があいていることを10に見立てて制定。
「ワンカップの日」大関(兵庫県西宮市)がワンカップが誕生した1964年10月10日(東京オリンピック開会式の日)を制定。
「亀田の柿の種の日」亀田製菓が1が柿の種、0がピーナッツに見えることから制定。
「働く人の健康の日」アスカゼ(宮崎県宮崎市)が、整う=と(10)と(10)のうの語呂合わせで制定。
「UCCカプセルコーヒーの日」UCC上島珈琲が10月1日のコーヒーの日に、カプセル式コーヒーにセットする丸いカプセルに見立てた0を足した10から制定。
「医療従事者のための手荒れ予防の日」カーディナルヘルスが10=テン(て)1(あ)0(れ)と読む語呂合わせで制定。
「じゅうじゅうカルビの日」トマトアンドアソシエイツ(兵庫県西宮市)が、肉を焼く音と1010の語呂合わせで制定。
「鯛の日」三重県漁業協同組合連合会がスポーツの日の前身の体育の日が10月10日であったことから体育の日=タイ(イ)クの日=鯛喰う日の言葉遊びで制定。
毎月10日:「植物油の日」(日本植物油協会)、「糖化の日」(AGE測定推進協会)、「パンケーキの日」(日本ハム)、「コッペパンの日」(全日本丸十パン商工業協同組合)、「アメリカンフライドポテトの日」(米国ポテト協会)
1995年は、私にとっては記憶に残る年であり、その年にあったことは後々の行動にとっても影響を与えるきっかけでもありました。1995年は、野茂英雄がMLB(メジャーリーグベースボール)に挑戦した年です。
1995年はWindows95が発売されたネット業界にとっては記録に残る年で、それまでは情報収集は通信の段階から苦労していましたが、スムーズにアメリカの野球の情報を入手することができるようになりました。
とはいっても家庭では光通信は高嶺の花で、ケーブルテレビを導入しないと使えないということで、テレビ目的ではなくて、光通信を導入しました。そのときに海外のスポーツ競技を見るだけでなく、日本プロスポーツ協会が国内のスポーツも海外と同様に盛り上げていこうとする活動をしていることを知りました。
この団体は、プロスポーツの垣根を超えて普及活動を行っていて、現在はスポーツ大賞を運営している公益財団法人日本プロスポーツ協会となっています。当時は日本相撲協会、日本プロゴルフ協会、新日本プロレス、全日本プロレスも加盟していました。
それまではアマチュアスポーツだけで、プロスポーツは見るだけという感じでした。私がやってきたスポーツはスキー、剣道、柔道、空手、少林寺拳法で、これにスポーツと呼んでいいのか疑問もありますが、ウォーキングとノルディックウォーキングくらいでした。
後に公益財団法人日本健康スポーツ連盟の仕事をして、私は理事も務めていましたが、そのときの理事長が日本プロスポーツ協会の理事でもあったことからプロスポーツの世界とも知り合うことになりました。
競技のアマかプロかという違いもさることながら、組織運営の違いを知ったことは、その後の組織運営には非常に役立ちました。
スポーツといえば競技スポーツという感覚を大きく変えさせられることになったのは、1995年に「海の日」が国民の休日に制定されたことでした。スポーツ団体のトップは業界の有名人で、事務局のトップは事務方というイメージがあったのですが、財団法人の日本レジャースポーツ振興協会は、実際に団体を動かしているのは事務局長であることを知りました。
レジャースポーツといっても、マリンスポーツ、それもエンジンがあるマシンを使ってのスポーツで、この世界の立ち上げを考えた人が業界の有名人よりも重要な存在でした。海の日が知られ、イベントが多く開催される機会だっただけに、記憶に残り、また、この形態の活動の重要性を訴えていく機会となりました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕