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糖尿病は血管の老化を進める大きな要因で、全身に影響を与えるだけに、平均寿命が短いことは以前から言われてきました。

これは、ただ言われてきたというレベルではなくて、19か国の151万人を対象にした調査でも明らかにされていることで、30歳で糖尿病の診断を受けた人は平均寿命が14年短くなるという結果が発表されています。

一般に「糖尿病では14年も短命」と言われているのは、この調査結果がもとになっています。日本人の平均寿命は男性が約81歳、女性が約87歳であるので、男性なら67歳、女性なら73歳で亡くなるという計算となります。

糖尿病の期間が長くなるほど血管のダメージが蓄積されていくことから、50歳で糖尿病の診断を受けた人の場合には平均寿命の短縮の度合いは6年との結果が出ています。これをもとに計算すると、男性は75歳、女性は81歳となります。糖尿病の期間が短いほうが平均寿命は高くなるということです。

こういった理論上の平均寿命の違いではなくて、実際の統計調査も行われています。日本糖尿病学会は2011年から2020年までの糖尿病患者の平均寿命(亡くなった年齢の平均)を発表しています。

それによると、男性は74.4歳、女性は77.4歳となっています。理論上の平均年齢と比べると、男性はあまり変わらず、女性は4年ほど短くなっていることになります。

それでは、糖尿病になると短命になるのは仕方がないことなのかというと、2型糖尿病患者の18万人調査では、ある条件をかなえていると、糖尿病でない人よりも長生きだという結果が得られています。

その条件というのは、食事療法、運動療法を続けながら、治療を続けている場合です。

糖尿病の治療は、食事療法を行い、改善結果が得られないときには運動療法も併せて行い、それでも充分な改善がみられなかった場合には医薬品(抗血糖薬)を使用するという、当たり前に行われるべきことです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

厚生労働省の「国民健康・栄養調査」は、2001年の発表から現在の名称となっています。それ以前は「国民栄養調査」でしたが、そのきっかけとなったのは中央省庁再編によって2001年に厚生省と労働省が統合されて厚生労働省が発足したことでした。

国民の健康づくりのための基礎調査として、栄養摂取の調査に、広く健康に関わる調査も加えられました。糖尿病についても、栄養摂取と運動習慣の両方の取り組みが重要となっています。

糖尿病に関する調査結果として、5年ごとの発表を原則としている「糖尿病が強く疑われる者」(糖尿病患者)と「糖尿病の可能性を否定できない者」(糖尿病予備群)の推計人数を前回紹介しました。毎年発表されているのは男女別と年齢層別(20歳以上)の割合だけです。

令和6年(2024年)の「国民健康・栄養調査」の結果を見ると、糖尿病が強く疑われる者は男性では17.7%、女性では9.3%となっています。糖尿病の可能性を否定できない者は男性では8.2%、女性では8.2%です。

糖尿病の可能性を否定できない者が、男女ともに8.2%というのは偶然であって、一致するのは極めて珍しいことです。全体の患者数が多い男性は、その予備群の数も多いというのが一般的なことで、なぜ一致したのかは、今後に考察すべき重要項目と指摘されています。

もう一つ注目すべき点は、糖尿病の治療に関する調査結果で、「糖尿病を指摘されたことがある者」のうち、治療を受けているのは男女平均で67.4%であって、3人に1人は糖尿病であることを告げられていても医療機関で治療を受けていません。

男女別では、男性は73.1%、女性は60.5%が治療を受けています。つまり、男性は26.9%、女性は39.5%が治療を受けていないということで、女性は糖尿病患者の割合が低いのに、治療を受けていない人が多いという結果になっています。

このことが将来的に、どのようなことが起こるのか、それも健康施策の重要なポイントとなっています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

厚生労働省の国民健康・栄養調査(平成28年:2016年)の結果から、「国民の5人に1人が糖尿病か予備群」という衝撃的な数字がメディアなどで盛んに報道されたときに「翌年は増えるのか、それとも減るのか」ということもメディアの話題となりました。

しかし、その結果が出るのは翌年ではありません。

国民健康・栄養調査で“推計人数”(20歳以上、男女計)が発表されるのは5年に1回のことで、それ以外の年は「糖尿病が強く疑われる者」(糖尿病患者)と「糖尿病の可能性を否定できない者」(糖尿病予備群)の男女別の割合が発表されるだけです。

平成28年の5年後というと平成3年(2021年)の調査となるわけですが、実際には令和6年(2024年)調査の結果が令和7年12月に発表されました。8年ぶりの発表でしたが、これはコロナ禍の影響で3年間、調査を実施することができなかったためです。

令和6年調査では、糖尿病が強く疑われる者は約1100万人となりました。これを示して「10%も増加した」と報道したメディアもありましたが、糖尿病予備群は約700万人と30%も減りました。

つまり、糖尿病患者と糖尿病予備群の合計数は約1800万人と、20%の減少となっています。この結果を受けて、「その間に何があったのか?」という疑問を投げかけた一部のメディアもありました。

国民全員に調査をしたわけではなくて、国民健康・栄養調査の調査対象は約2万人、そのうちの回答者は約1万人で、その人たちの結果を20歳以上の人口に当てはめた結果が発表されています。

そもそも国民健康・栄養調査は、国の健康施策の基本とするために実施された調査のデータであることから、各回の結果に一喜一憂するのは正しい判断ではありません。長年の推移を見て、今後の対策について考えていくことが重要という認識を持ってデータを見てもらいたいということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

糖尿病が国民病と呼ばれるようになったのは1970年代のことですが、その当時の患者数は約100万人と推計されていました。

新たな調査結果が発表されるたびに糖尿病患者は増加傾向となり、平成28年(2016年)調査の「国民健康・栄養調査」(厚生労働省)では、糖尿病患者は約1000万人と発表されました。

国民健康・栄養調査では、糖尿病患者は「糖尿病が強く疑われる者」とされていて、一般に“糖尿病予備群”と呼ばれている人は「糖尿病の可能性を否定できない者」とされています。

国民健康・栄養調査では、「糖尿病が強く疑われる者」はヘモグロビンA1cの値が6.5%以上の者、または医療機関や健診で糖尿病と言われたことがある者を指しています。

一方の「糖尿病の可能性を否定できない者」は、ヘモグロビンA1cの値が6.0%以上6.5%未満の者となっています。その人数は、平成28年調査では約1000万人と発表されました。

糖尿病患者が約1000万人、糖尿病予備群が約1000万人、合計で約2000万人となります。

国民健康・栄養調査は成人人口約1億人のうちの推計値であることから、「国民の5人に1人が糖尿病か予備群」という衝撃的な結果がメディアなどで盛んに報道されました。

この結果を受けて、「翌年は増えるのか、それとも減るのか」といったことも語られていたのですが、その発表は無理なことでした。

このことについては、次回に続きます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

私が中学3年生だった1970年に父親は糖尿病と診断されていますが、その年は日本万国博覧会(通称「大阪万博」「EXPO70」)が開催された年で、食生活の洋風化が大きく進んだ時期でした。

1970年にはケンタッキーフライドチキン、すかいらーくの第1号店、1971年はマクドナルド、ロイヤルホストの第1号店が開店しています。

その1970年が糖尿病にとって大転換の時期であったということは、後に病院栄養管理の研究所のメンバーになった時に知ったことです。

大転換というのは、糖尿病患者が1970年には約100万人となり、患者数は増え続ける一方でしたが、従来は糖質の摂取量が多くなるほど糖尿病患者は増えるということが常識として伝えられていました。

ところが、1970年前後は米の摂取量が大きく減少して、その代わりに肉類や乳製品の摂取量が大きく増えた時期で、1日の摂取エネルギー量の平均がピーク(2226kcal)に達したのは1975年のことでした。

そして、現在の1日の摂取エネルギー量の平均が約1900kcalと、終戦直後(80年前)と同程度になっています。

糖質の摂取量が減っただけでなく、全体の摂取量エネルギー量が減ったのに、糖尿病患者が増え続けて、2016年には糖尿病患者は約1000万人と発表されました。

これほどの短期間のうちに大きく患者数が増えた国は、他にはみられないことです。

私が病院栄養管理の研究所の主任研究員になったのは1986年のことですが、その年は我が国の糖尿病治療の歴史の記念すべき年となりました。

それは血糖自己測定が健康保険適用となったことで、これによって自宅で血糖値を測定して、自己管理ができるようになりました。

食事内容と血糖値の変化を見比べることで、高血糖の原因となる食べ物と摂取量を確認することができるようになりました。

そして、生活習慣が大きく影響していることが徐々に認識されてきて、その10年後の1996年に、厚生省(のちの厚生労働省)は、従来の呼び名の成人病を生活習慣病と改称しています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「糖尿病の家系」と言われても、あまりピンと来ないようで、真剣に考えようとしない人は少なくありません。

それは診察室で、医師に言われた人の反応をみても同じで、その意味がわかっていなければ、“馬の耳に念仏”というか“蛙の面に水”というか“猫に小判”というべきか、真意が伝わらず、軽く受け流してしまうことにもなります。

このことは、後に病院栄養管理の研究所のメンバー(主任研究員)となって、糖尿病の研究に携わり、糖尿病の患者や予備群の方の対応をする中で強く感じたことではあります。

両親のどちらかが糖尿病だと子どもの発症率は約40%との報告があります。両親ともに糖尿病だと発症率は70%にもなり、しかも合併症が多くなるとの報告もあります。

ここでいう糖尿病は、生活習慣病とされるのは2型糖尿病を指しています。血糖値を降下させるホルモンのインスリンの分泌不足や、インスリンが分泌されていても効きが悪くなるものです。

これに対して、1型糖尿病は自己免疫疾患によってインスリンが作れなくなることから血糖値が大きく上昇するもので、インスリン注射が必須となります。子どものときから発症するのは、ほとんどが1型糖尿病です。

一般に糖尿病と呼ばれるのは2型糖尿病で、母親が2型糖尿病の場合には、子どもの2型糖尿病の発症率が高まることは、以前から言われてきました。

母親の食生活は子どもの食事の内容にも影響しやすく、その原因は遺伝よりも生活習慣と言われるものの、インスリンの分泌に影響する遺伝子があることは研究によって明らかにされています。

インスリンが充分に分泌されていても効きが悪くなることから血糖値が下がらないというインスリン抵抗性も遺伝因子であることが明らかにされています。

遺伝因子はあるものの、遺伝するのは糖尿病そのものではなくて、糖尿病になりやすい体質が遺伝するということです。

日本内分泌学会は、過去の疫学研究では2型糖尿病患者では子どもの発症率は2〜3倍、両親が2型糖尿病では子どもは3〜4倍の発症率と報告しています。

このようなことから、遺伝的要素がある人が、発症しやすい生活習慣をすることで糖尿病になるというのが、今のところの正しい認識とされています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「糖尿病の家系」に続いて「高血圧の家系」について書くのは、私は両方の家系で、糖尿病と高血圧が遺伝している可能性が高いからです。

糖尿病と高血圧は別の疾患であることは間違いがなくて、糖尿病は血液中のブドウ糖が多くなりすぎた状態で、高血圧は血管(動脈)の圧力が高まりすぎた状態です。

あまり関係がないように思われがちではあるものの、ともに影響が出るのは血管で、調べてみると糖尿病になると高血圧が発症しやすくなります。また、動脈硬化のリスクは、糖尿病と高血圧が重なると、大きく高まります。

動脈硬化による心臓病や脳血管疾患の危険性は、健康な人の危険度を1とした場合に、糖尿病で2〜3倍、高血圧で2〜3倍、そして糖尿病と高血圧が重なる6〜7倍になるとの研究報告もあります。

母方の高血圧の家系で記憶にあるのは、祖父はまだ若いうちに(私が小学2年生の時)脳出血で亡くなり、祖母は心臓病、親戚にも心臓病や脳血管疾患で亡くなった方が多くいます。私の母親は90歳を超えてからですが、心臓病で亡くなっています。

父方が糖尿病の家系、母方が高血圧の家系ということで、そのリスクを低くするために、中学生の頃から食事内容には注意してきました。それは、糖尿病は糖質(ご飯や甘いもの)の摂りすぎ、高血圧は塩分(ナトリウム)の摂りすぎという当時の情報に従ってのことです。

それが、今では間違いであると認識されるようになっていますが、その情報収集・分析を研究機関のメンバーとして積極的に取り組むようになった、きっかけの一つではあります。

私は幸いにして、糖尿病も高血圧も無関係という状態ですが、同じ遺伝子を継いでいる家族には両方が出ています。

“氏より育ち”ではないのでしょうが、生活習慣そのものが生活習慣病のリスクを抑えられることを実践してきたということで、ある程度の自信を持って話せるようにはなっています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「糖尿病の家系」という言葉を初めて聞いたのは、いつだったのかは定かではないのですが、おそらくは私が中学生の時ではないかと思います。

親戚縁者が集まる場(法事か何か)で、神妙な顔で儀式を終えた後の食事のときに、お酒が入って場がくだけたところで、「糖尿病の家系だから控えないといけない」という声があがりました。

その声は、確か叔母(父親の姉)で、父親の呑み過ぎ(過度の飲酒)を注意してのことだったのだろうというのが初めの印象でした。ところが、宴席に限らず、お酒が出るところでは叔母からだけでなく、他の近しい方からも「糖尿病の家系」という言葉が常に出るような状態でした。

その言葉が最も向けられていたのは、私の父親でした。

父親は体格がよい(プラス表現)と長らく言われていましたが、太っている(マイナス表現)と言われるようになったのが40歳になってからで、その年に糖尿病と診断されました。

私は父親が25歳のときに生まれているので、中学3年生のときに「糖尿病の家系」ということを意識することになりました。

叔母に会ったときに「糖尿病の家系」の意味を聞いたところ、父方の親族では祖父は糖尿病で、祖母は糖尿病ではないものの血糖値が高く、他にも糖尿病で苦しんだ人が多いということでした。

中学3年生で、糖尿病の知識を得る機会は少なかったはずですが、父親の蔵書には糖尿病の書籍が何冊かあって、家にあった百科事典(シリーズの全書)でも糖尿病の項目がありました。

父親が糖尿病の教育入院をした公立病院の看護婦さんが、父母の知り合いの娘さんだったこともあって、知りたがりの私に看護師さんだけでなく、そのご主人の検査技師さんも、また担当医も、いろいろ教えてくれました。

そのときに聞いたことで記憶に残っている言葉も「糖尿病の家系」でした。父親も親戚縁者にも糖尿病の人が多いということを父親の問診の結果から知って、その家系である私にも遺伝する可能性があるということで、言ってくれていたようです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「料理番組の日」イギリスのBBCテレビで1937年1月21日に世界初の料理番組が放送されたことにちなんで制定。

「スイートピーの日」日本スイートピーの会が、花びら(旗弁、翼弁、舟弁)の1枚、2枚、1枚あることから1月21日を制定。

毎月21日:「木挽BLUEの日」(雲海酒造)、「漬物の日」(全日本漬物協同組合連合会)

救急車が最も多く出動する時間帯については、東京にいたときに東京消防庁の関係者と交流があったことで、よく聞いていました。

住まいを変える中で、大学病院の近くに住むことが続いていたので、そのことを救急車のサイレン音(緊急走行音のピーポー)で実感していました。

その時間帯は、夜は23時から1時間ほど、朝は7時前から1時間ほどで、毎日のようにサイレン音が鳴っていたことから「時計を見なくても寝るべき時間がわかる」「目覚まし時計はいらない」と言い切っていました。

岡山に移住してからは、そのことを最初のうちは忘れていたのですが、今の住まいは脳神経外科病院の裏側(窓から目の前に病院が見える)で、東京で経験したのと同じ時間帯に救急搬送があるということを経験し続けています。

この脳神経外科病院は、心臓病センター病院と岡山救急メディカルネットワークを形成している岡山県内で唯一の医療機関なので、救急搬送がない日のほうが珍しいという状態です。

その救急車のサイレン音も、慣れというか、あまり感じなくなってくるのは聴覚と脳の感覚の研究で明らかにされていることで、通常の搬送の集中時間ではない時にサイレン音がしても気づかないで眠れるようになっていました。

ところが、島根東部の地震(2026年1月6日)の後は、必ずといっていいほどサイレン音に気づいて、目が覚めるようになりました。

地震の影響で住まいの建物の歪みが大きくなって、隙間風で室温が下がって、音と寒さのために目覚めたら眠れないという状態になっています。

地震後の寒さの影響については、前(日々邁進18、日々邁進19)に書きましたが、救急車のサイレン音を避けられないという環境も、通常の睡眠が取れないだけで生活にも体調にも影響をして、仕事ができなくなってしまうということを実感する要因となっています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕