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中国の医療保険制度は、基本的には日本の制度と大きく変わってはいないということは、巡回健診の全国団体の月刊情報誌の編集を担当しているときに書きました。

それはアメリカのように日本と全く異なる医療保険の国から、ヨーロッパ各国、中国と連載で紹介していって、日本の医療制度が優れていることを伝えるという内容であったのは団体の性格から仕方がないことでした。

中国の医療保険制度は、保険証を持っていることで等しく医療を受けることができるという面に注目すると、日本の国民健康保険と同じように感じます。ところが、日本の国民健康保険とは違っていて、住んでいる地域や仕事の内容によって割引率が違います。

保険が適用される医療技術と使用できる医薬品の種類も違っていて、医療保険の範囲で受けられる医療行為の内容が違っている、つまり望んでも受けることができないことがあるということです。

都市部で働いている人と農村部の住民では、使用できる医薬品が異なっているので、同じ病気であっても都市部での治療結果と農村部での治療結果では自ずと大きな違いが出てくることになります。

その医療保険も、省ごとの制度となっていて、省(日本でいう県に相当する22の行政区画)の中での使用に限られています。他の省の大病院や専門病院での治療を望むことはできません。

それぞれの省に大病院、専門病院が存在していること、超高層ビルの大病院があるのも、このような背景があるからです。

私が中国取材を敢行した幻のキノコと呼ばれてきた槐耳(カイジ)を原材料にしたキノコ製剤が国家プロジェクトで研究開発された背景の一つでもあるということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

正念とは、そもそも何なのか、自分の感覚や考えではなく、“定義”として伝えられていることを書き記すことにしました。

正念は、今この瞬間に意識を集中させる念であり、仏教では五根(ごこん)と呼ばれる修行の根本的な能力の一つとされています。

〔五根〕
正念:真理に基づいて物事をありのままに認識し、雑念を払い、常に正しい思慮を保つこと
信:教えを理解し、素直に受け入れる清らかな心
精進:修行にひたすら励むこと、正しい目的に向かって努力すること
定:集中して心の散乱がない状態
慧:事の道理を見抜く力(慧眼)

「正念」はインド哲学の根幹のようなもので、“瞑想”と位置付けられることもあります。瞑想は、マインドフルネスと簡約されることがあります。

マインドフルネス(mindfulness)は、現在(世界的にも身の周りでも)起こっている経験に注意を向ける心理的な過程で、状態を示すと考える人が多いかと思います。

しかし、マインドフルネスは意識的な行為であって、周囲で起こっていることを体(感覚器)で感じて、頭で考え、心で感じていることで、超シンプルに表現するなら“気づき”となるかもしれません。

「周りの判断や評価とは無縁な心を解放した状態で、すべてをキャッチするために注意を払うこと」という説明をされることもあります。

“正しい今の心”と言うべきか、それとも“今の心を正しくする”と表現すべきが判断が分かれるところではあるものの、これが絶対であり、これでなければ駄目ということではないはずです。

そもそも正しいことかの判断は人それぞれ(千差万別)で、その判断も変化をしていくもの(千変万化)です。

それぞれの人の今の感覚で、正しいかどうかを判断すべきではない、というのが説法的な教えということになるようです。

しかし、自分は正しいと信じていて、今の状況では最良の方法と判断した結果の行動が、周囲の方々に悪影響を与え、本来の目的を見失った身勝手な行動になっている例は嫌というほど見てきました。

これについては、どこかのタイミングで、個人が特定されるようなことがない形で、書き残しておこうと考えています。
〔小林正人〕

これまで高齢者の数というと、高齢化率(65歳以上人口)で語られることが多く、高齢者の介護問題、医療問題といったマイナス面が取り上げられることが目立っていました。

しかし、高齢者と年齢だけで一括りにするのではなく、長生きになり、元気で次世代に情報(経験、知識、人脈など)を伝えていくことができる高齢者が増えていることから、高齢化率ではなく、人数に着目して、どれくらいの方が活躍してもらえるのかを考えていく必要があります。

高齢者が以前に比べると10歳以上は若返っているという実態を踏まえて、発想を変えて、今後の地域の発展を支えていく大事な人材(人財)であることを考えると、これまでの仕組みのままでは対応できないことが見えてきます。

人材として活躍を期待するには、活躍の場と機会、活躍のための学びの機会、そのための新たな仕組みが必要になってきます。

そして、新たな仕組みを継続させるための仕組みづくりも重要となります。年齢を重ねた方々が人財として輝き続けるためには、高齢者が直面する健康問題(身体や認知機能など)への対応も、活動の中に組み込んでいくことも大切にあります。

その課題に、私たちは高齢者と働く中心世代、そして次世代を担う子どもたちがともに活躍できる循環型体制をもって取り組んでいくこととしています。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルのモリブデンの基本的事項の「定義と分類」と「機能」を紹介します。

〔定義と分類〕
モリブデン(molybdenum)は、原子番号42、元素記号Moのクロム族元素の1つです。

〔機能〕
モリブデンは、キサンチンオキシダーゼ、アルデオキシダーゼ、亜硫酸オキシダーゼの補酵素(モリブデン補欠因子)として機能しています。

先天的にモリブデン補欠因子、または亜硫酸オキシダーゼを欠損すると、亜硫酸の蓄積によって脳の萎縮と機能障害、痙攣、水晶体異常等が生じて、多くは新生児期に死に至ります。

モリブデンをほとんど含まない高カロリー輸液を用いた完全静脈栄養を18か月間継続されたアメリカのクローン病患者において、血漿メチオニンと尿中チオ硫酸の増加、血漿と尿中尿酸および尿中硫酸の減少、神経過敏、昏睡、頻脈、頻呼吸等が発症しています。

これらの症状がモリブデン酸塩の投与で消失したことから、この症例はモリブデン欠乏だと考えられています。

しかし、モリブデン欠乏に関する報告は、この一例のみです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルのクロムの「生活習慣病等の重症化予防」を紹介します。

〔生活習慣病等の重症化予防〕
3価クロムは糖尿病患者に対して薬理的効果を示す可能性があります。

しかし、糖尿病患者に対するクロム補給に関する最近のメタ・アナリシスでは、200〜1000μg/日のクロム補給の効果はHbA1c値の改善のみであるとしています。

このように糖尿病患者へのクロム補給の効果が限定的であること、補給されているクロム量が耐容上限量を上回る場合もあることから、重症化予防のための目標量(下限値)も設定すべきではないと判断しました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルのクロムの「生活習慣病等の発症予防」を紹介します。

〔生活習慣病等の発症予防〕
3価クロムのサプリメントと糖代謝の関連を検討した41の疫学研究を、対象者を2型糖尿病患者、耐糖能低下者、耐糖能非低下者に分けて比較したメタ・アナリシスは、糖尿病患者へのクロムサプリメント投与は血糖値とHbA1c値の改善をもたらす場合が多くなっていますが、非糖尿病の人への投与は、耐糖能低下者がある場合を含めて、血糖値とHbA1c値に何らかの影響を与えないとしています。

ここで検討の対象となった疫学研究で用いられているクロムは、塩化クロム、ピコリン酸クロム、クロム酵母であり、糖尿病患者に対して効果のあった投与量は、塩化クロムとピコリン酸クロムが200〜1000μg/日、クロム酵母が10〜400μg/日です。

一方、肥満の非糖尿病患者へのクロムサプリメント(500μg/日、ピコリン酸クロム)の効果を調べた無作為化比較試験は、クロムのメタボリックシンドロームに対する効果を認めていません。

さらに、耐糖能低下、空腹時血糖値の上昇、メタボリックシンドロームのいずれかに状態にあって、糖尿病発症リスクが高いと考えられる人にクロム(ピコリン酸クロム)を500μg/日または1000μg/日を投与した研究でも、クロムの効果を全く認めていません。

以上の報告は、3価クロム投与が糖尿病やメタボリックシンドロームの発症予防に効果がないことを示しています。

したがって、生活習慣病の発症予防のための目標値(下限量)を設定する必要はないと判断されています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

発達障害児を支援する人への支援というと、今は支援施設で働く人に対する支援活動と考えられがちでしたが、家庭で過ごす時間が長いことと、支援施設での支援内容を活かすのは家庭であるということから、その家族こそが重要な“支援する人”との考え方がされています。

“支援する人を支援する”と前回(発達の伴歩21)書きましたが、家族(保護者)への支援は一つには発達障害の改善のためのアドバイスとなります。

これは当たり前のように実施が期待されることですが、もう一つの家族への支援となると実施どころか、そのことに考えが及んでいないということも事実です。

発達障害児の保護者は働く人と重なり合った世代です。家庭での対応の困難さや悩みは仕事にも少なからず影響を与えます。

また、発達障害は今でこそ10人に1人が該当することがわかり、支援も受けられるようになっていますが、今から20年前には100人に1人ほどしか確認されていませんでした。35年前には医療関係者の中でも少数にしか認識されていない状態でした。

現在の働く世代は、発達障害と判定されず、支援もないまま過ごしてきた人が多く存在しています。発達障害は生涯にわたって特性が続くことから、労働人口が大減少する時代には、その特性がある人が安心して働くことができる環境が重要です。

そのための理解を進める(深める)ことも、発達の伴歩の重要な課題となります。

社会課題の解決には全世代の理解と支援が必要であり、その共通認識を深めることも、発達の伴歩の役割だと強く認識しています。
〔発達の伴歩:小林正人〕

「初午いなりの日」全日本いなり寿司協会が、初午に稲荷神社で五穀豊穣を願う祭りがあることにちなんで初午から近い祝日の建国記念の日を制定。

「わんこそば記念日」わんこそば全日本大会運営委員会(岩手県花巻市)が、1980年から続く開催日に合わせて制定。

「出雲そばの日」出雲そば商組合(島根県出雲市)と松江そば組合(島根県松江市)による出雲そばの日記念日登録実行委員会が、信濃国松本藩の城主の松平直政が出雲国松江藩に国替えを徳川家光から命じられた1638年2月11日にちなんで制定。

「仁丹の日」森下仁丹が、仁丹の発売日の1905年2月11日にちなんで制定。

毎月11日:「果物の日」(全国柑橘宣伝協議会、落葉果実宣伝協議会)、「めんの日」(全国製麺協同組合連合会)、「ダブルソフトの日」(山崎製パン)、「ロールちゃんの日」(山崎製パン)

がん死亡率は日本も中国も4人に1人の割合だという事実を話すと、さまざまな反応が返ってくるのですが、その中で最も多いのは「そんなに多いのか」「そんなに多いはずがない」という数への反応です。

中国の人口は日本の人口の10倍以上なのですが、1日に6000人以上が、がんで亡くなっていると発表されています。

それでも重症度の度合いは、日本に比べて少ないのではないか、大都市部は別にして地方や農村部では患者も少なく、重症度も低い、と考える人も多いようです。

ところが、中国の医療機関を取材してみて、一般の想像とは違っている事実がわかってきました。これは抗がん治療の専門家にも取材して、率直に感じたことです。

なぜ、がんで亡くなる人が地方や農村部で多いのかというと、一つは健康診断が基本的にないことで、もう一つは医療保険制度が4つに大きく別れていることです。

がんに限らず、生活習慣病は早期発見、早期治療が大原則です。

国民全体に対して健康診断(健診)を広く実施して、危険性がある人には検診を実施して、できるだけ早い段階で治療を始めることで、重症化も減らせて、医療費も全体的に抑えることができるようになります。

中国といえば、東洋医学の影響によって、病気にさせない、病気になる前に治療するという未病の発想があると思われがちです。

しかし、現実的には日本のような健診システム存在していないので、疾患の発見が遅れて、重症化してから検査をして、大病院で治療を受けることになります。

数多くの重症例の対処を行っているために、医療機関のレベルが高くなっているということも実際に起こっています。

私が中国の医療機関の取材をしたのは、手術、抗がん剤、放射線による西洋医学の抗がん治療とともに使う国家Ⅰ類漢方新薬(カイジ菌糸体エキス)が目的でしたが、このようなキノコを国家プロジェクトで研究開発するのも、このような事情があったからです。

もう一つの理由となっている、中国の医療保険制度の仕組みについては次回(日々邁進43)に続きます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

見知らぬところで暮らすことの始まりが松之山事件(金言の真理99)なら、その終わりは台湾坊主だったかもしれません。父親が台湾坊主の被害者になったのは「おまんた」で知られるようになった新潟県糸魚川市に勤務していた時のことです。

台湾坊主は、昭和45年(1970年)の2月1日に発生した“爆弾低気圧”のことで、台湾付近で発生した低気圧と日本海低気圧が合体して、東日本と北日本は猛烈な暴風雪と高波が発生しました。

当時の私は中学3年生で、父親は糸魚川警察署(本署)に勤務していて、高波の被害を受けている海岸近くで避難誘導をしていました。10m近くの高波が発生して、海岸護岸が3kmにわたって決壊して、50軒が避難しました。

父親は住民を避難させた後に、自身が高波から逃れようとしていると、高波によって巻き上げられた砂に埋もれて、その上にテトラポッドが乗るという状態になりましたが、自力で地面まで出て、なんとか生還することができました。

入院中も自宅に戻ってからも訪ねてくる方々の第一声が「おまんた」で、あなたたち大丈夫かという家族を気遣った言葉の前の“枕詞”のようなものです。

高校は親元から離れて、父親の実家がある新潟県柏崎市に住んで暮らすようになり、その後は自分の住むところは自分で選択できるようになりました。

1975年から「糸魚川おまんた祭り」が始まり、三波春夫さんが歌う『おまんた囃子』が全国的に流れるようになりました。この年には東京で大学に通っていましたが、「おまんた」を耳にするたびに当時のことを思い浮かべ、この先も住まいを転々とするのかと思っていたのですが、その通りの移住生活を古希となった今も続けています。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕